「文字通り『 “人を食った”ような話』」カニバ パリ人肉事件38年目の真実 いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
文字通り『 “人を食った”ような話』
監督は外国人なのだが、この日本語の慣用句を知っていたのだろうか?もし存じ上げていたのならば、相当シャレの分るクールな人達かもしれない。それ程、このドキュメンタリーは大変好戦的なプロットに溢れている。意外性が突然放り込まれることや、顔のアップの多用、そしてわざとピントを暈かす撮影手法、あくまでも主人公の喋るタイミングを待ち続ける事での長い長いロングカット。特に前半の弛緩は、その異様な事件にも拘わらず一体何を訴えたいのか皆目検討もつかないと思考も諦めかけ、そして淡い眠気が襲ってくる頃、場面転換での唐突のストーリー展開で、益々作品に翻弄され、正にジェットコースターそのものである。勿論不快と思うところもあるのだが、ファイーストインプレッションが激しい程、そのよりもどしというか、カウンターとして何故だか穏やかさも徐々に訪れる、凪と時化を繰り返される構成なのである。
こういう作品なので、細かい説明や解説はない。テレビのドキュメンタリーとは違い、アート作品に傾倒しているイメージだ。思いつきや突拍子もないアイデア等もふんだんに入れ込まれているらしい。ネットで検索してみると、主人公と以前にAVとして共演していた女優さんを作品後半に、介護のようなイメージで出演させた際に、何故だか。女優がメイド服を着ていた理由は、ピンク映画でその女優が衣装として着ていたことを鑑賞してのアイデアとのこと。誠に侮れない、小馬鹿にしたような内容に、そのウィットさを却って面白がる自分もいたりする。主人公弟の鉄条網での衝撃の性癖や、事件の詳細を描いた自作漫画、出演AV、それ以上に驚く、幼い時分の鮮明な家庭用フィルムでの映像。そのどれもが想像する斜め上からの虚を突かれたアプローチに、ビックリする程の心地良さを抱いたのも事実である。異常性欲でありサイコパスである主人公の希有な現在をそのままカメラに収めたい、この稀代の人物をアーカイブ化したいという制作陣の欲求も又、強く惹き付けられるところだ。それは決して解き明かされることのない人間の深淵という謎を、それでも突き止めたいと思う純粋な“欲望”なのであろう。人を殺してそれを食し、そして幸運にも刑を科されずに社会に存在しているこの人物を、社会はどう向き合うのか、そんな感傷を吹き飛ばす痛快さも魅力である。