劇場公開日 2019年9月13日

  • 予告編を見る

「中途半端、あるいは分裂気味」ある船頭の話 waiwaiさんの映画レビュー(感想・評価)

2.5中途半端、あるいは分裂気味

2019年9月29日
iPhoneアプリから投稿

オダギリジョーと柄本明の組み合わせということで見ましたが、うーん。テーマもありきたりな感じで、ラストの先をどーしていく!ということが問題のこの時代に、そこ止まりなのかぁ、なんだかなあ。そんな感じばかりが残りました。

「誰かのために俺も生きたい」こんなセリフが出て来ますけれど、えー?そーなの?オダギリジョーってこうなの???びっくり。
○○のために生きるって、その○○の中身が何かによって白くも黒くもなるってのに、誰かのために生きたーい、ってことなの?って、ここで、ドン引き。もう私の中ではテンションが完全に切れました。

映像美、あります。そして撮影は大変だったと思いますが、特筆すべきものとは思えない。

ラストシーンを見て、これはひょっとして、タルコフスキーのサクリファイスへのオマージュなのか?と思いました。

幻想風の味付けで、テーマそのものはセリフで表現される。けれど、いろんなことが語られたり、映されたりして、それも日本的というか叙情的だから水っぽくなって、それがために絶望度の抉られ方が練られている気がしません。理屈っぽいけど、中途半端。

近代化される過程で古いものが失われていくという、おんなじようなテーマのキルギス映画「馬を放つ」を見ました。これから近代化されるっていう国ならともかく、もうとっくに近代化で山河をボロボロにした挙句の果ての、その先頭で原発が爆発して、さらに修復不能な事態になりながら、まだ原発で儲けたい奴らがのうのうと生きているこの国で、今この映画か、という点で足がすくみます。批判なのかどうかもはっきりしない感じの詠嘆的批判(そんなのあるのか)。映画に限らず、これが今の日本の姿なのかなと思います。

主人公は字が読めない風なんだけれども、なぜか「ふう」が、「風(かぜ)」でもあることを知っているってところも、あーあ、なのでした。
映画って難しいですね。

waiwai
waiwaiさんのコメント
2019年9月29日

✳︎追記 タルコフスキーへのオマージュは言い過ぎですね。あまりにサクリファイスの印象が強くて、想起してしまったけれど、隠蔽しないとならない具体的状況がありますから。

waiwai