「氷から炎へ」ドクター・スリープ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
氷から炎へ
アメリカンホラーの金字塔的傑作『シャイニング』、その続編『ドクター・スリープ』が映画化!
原作は言わずと知れたホラー作家スティーヴン・キング。監督は『オキュラス/怨霊鏡』等で注目され、キング原作の『ジェラルドのゲーム』も見事に映像化してみせたマイク・フラナガン。
なお、今回のレビューは映画のネタバレもですが、原作版『シャイニング』『ドクター・スリープ』両方のネタバレも含まれますので、そちらを読まれる予定の方はご注意ください。
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『シャイニング』と同じホテルを舞台にしたホラーを期待されていた方は面食らったかもだが、原作『ドクター・スリープ』の内容と同じく、本作は限定空間を舞台としたホラーではない。
ダニー/アブラ/“真結族”の三者の視点から描かれるホラー色の強いサスペンス作である。映画版『シャイニング』では描写が薄目だった超能力=“シャイニング”を前面に打ち出し、その能力者同士のぶつかり合いが描かれる。
そうは言っても『X-MEN』のようなド派手バトルや『スキャナーズ』のような念力で殴り合うような闘いが行われるわけではない。相手の意識への潜入を主体にした戦術対決の様相。
アブラの仕掛ける罠やダニー/アブラの意識交換などの戦術はどれも原作準拠だが、意識内での闘いや“図書館”などの映像説明困難に思える内容もフラナガン監督はビシッとビジュアライズ。さらにこれらがキューブリックよりもダイナミック&トリッキーな映像で描かれると、無茶苦茶スリリングで面白い!
“監視塔”からローズがアブラの元を訪れる場面等での重力超越カメラワーク、互いの意識も数百キロ離れた空間も自在に飛び越えるカットバックの巧みさにゾクゾク。いよいよ展望ホテルへ舞台を移す前の空撮再現&重厚なスコアにはニヤニヤが止まらない!
終盤のホテルでの決戦は原作とは異なるが、頭に閉じ込めたホテルの怪異を全開放するという恐るべき切り札にカタルシスを覚えた。
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しかし一番心に響いたのはやはり、ダニーの成長譚。
死してなおダニーを案じ続けるハローランとの師弟関係や、心に傷を負った息子をどうにか守ろうとし続けた母ウェンディの姿に、開巻早々泣きそうに。
やがてアルコールに溺れた彼が、死の恐怖に脅える人々に安らかな眠りを与える“ドクター・スリープ”として再起していく流れも好き。「あんたはいるべき所にいるんだ」と諭されるシーンや、その不思議な力を活かして善い思い出の中で病人を逝かせる優しさに涙(あとアズリールにゃん可愛い)。
最後にダニーは恐れ続けた父と対峙し、自分を誘惑し取り込もうとする“ホテル”にも打ち克ち、かつて父が成し得なかったこと――家族を守ること――を成し遂げる。
全てを浄化する炎の中で、安らかに微笑み合う母と幼いダニー。あの場面でやっと母と子は、あのホテルの恐怖から解放されたのかもしれない。
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ここから原作との比較中心で書くが――色々と不満点もあるものの、正直、監督の大胆な試みには恐れ入った。
そもそも『シャイニング』映画版は原作版から相当な改変が加えられており(例えば原作版ではホテルは焼失してしまうので『ドクター・スリープ』原作に展望ホテルは登場しない)、原作者キングは映画版を「温かみがなく冷たい」と長年に渡って批判しているのだが、監督は映画版/原作版の両者をこの『ドクター・スリープ』で巧みに融合させているのだ。
映画版『シャイニング』は、孤独と怪異でジャックが狂気に陥ったという印象がかなり強い。プラス、映画の最後に登場する集合写真やジャックの「ずっとここを知っていた気がする」という発言からも、『ジャックは前世でホテルの支配人もしくはそれに近いポジションで、そのためホテルに再び取り込まれた』=『ホテルの目的はジャックだった』という解釈ができる。
一方、原作版は、その土地に渦巻く死や悪意の集合体である邪悪な“ホテル”そのものがジャックに憑依する展開。“ホテル”の目的はジャックではなく、極めて強い生気を持つダニー少年を取り込むこと。その為に懐柔し易いジャックを利用する、という展開だった訳だ。
実は本作は、冒頭のハローランとの会話で、映画版『シャイニング』の物語を“ジャックの狂気”から“ホテルの悪意”という原作の形にシフトさせているのである。
更に、本作の終盤には仰天! 展望ホテルが登場することは予告編でも謳っていたが、原作ファンの方ならボイラー室が登場する場面で「マジか! それやっちゃうのか!」と興奮したんじゃなかろうか? 僕は興奮しました。めっちゃ興奮しました。
ボイラー室をオーバーロードさせてホテルを“火で浄化”する展開、そして“ホテル”に憑依されたダニーがアブラを襲い、すんでの所で意思を取り戻す展開は『シャイニング』原作終盤をそのまま踏襲したものなのだ。
つまるところ今回の『ドクター・スリープ』は、キューブリック版『シャイニング』の強烈なビジョンと音楽等の演出に敬意を払いつつ、『ドクター・スリープ』原作でのダニーとアブラの絆を原作版のジャックとダニーの絆に置き換えることで、最終的にスティーヴン・キング版『シャイニング』の決着に回帰させるという物凄くアクロバティックな試みをやってのけているのである。
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だがやっぱり、原作には登場しない展望ホテルを話に組み込むのは難しい部分もあったようで、そこが今回の主な不満点。
まず、“真結族”はもう少し強力な存在として描いてほしかったなあ、と。
特に原作のクライマックスはローズ・ザ・ハットを含む“真結族”複数人との対決になるので、アブラとダニーだけでは分が悪い展開だったのだが、映画版はローズのみが相手だ。いくら彼女が狡猾で、残りの生気でブートアップしていても、やはりアブラ&ダニーには敵わないと思えてしまい、展望ホテルを利用する根拠が薄弱に感じてしまったのが残念。原作通り複数人でやってきて、一気にホテルの怪異に襲わせるような感じの方が良かったんじゃないかなあ。
クライマックスまでは良かったのだが(原作よりも仲間も容赦なく死ぬ)、むしろ終盤の展望ホテル内が静謐なキューブリック版準拠になってしまったせいで、そこまで感じていたオリジナリティが薄れたのが残念。だがそこはキューブリックへのリスペクトとして致し方無しという気もするし、あのホテルを再び大スクリーンで見られるというだけでもやっぱりニヤニヤしてはしまう。まあ、ホテルの看板幽霊たちがアベンジャーズばりにアッセンブル(嫌過ぎるアッセンブル)して見栄を張るのはちょっとパロディ色が出てしまった気もするけど――。
それと、映画ではセリフにしか登場しなかったアブラの祖母だが、原作では彼女がダニーの“切り札”となる。その展開に自分は鳥肌立ったので、彼女が登場しなかったのもちょっと残念。しかしそこも“箱”を切り札にするという冴えた転換で補われている感じではある。
だが一番悲しかったのは……ダニーの最後。
原作では、ダニーは生還する。そしてアブラと交流を続け、同時に“ドクター・スリープ”として贖罪と救済を続けていくという結末だ。原作『シャイニング』の続編としては『ドクター・スリープ』は薄味と感じたものの、それでも僕はダニーの成長とこれからの希望が見られて嬉しかったんである。
だが映画版はダニーが父ジャックの罪を贖うという形で決着してしまう。いずれダニーの意志をアブラが継いでいくのだろうとは思うけれども……タイトル通りの“ドクター・スリープ”としてダニーには生きていて欲しかったなあ……。
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しかしながら、良かったです。いや、本当ここまでの作品になるとは予想していなかった。
やや無理を感じたとはいえ展望ホテルを再訪できたのは嬉しかったし、キューブリック版を意識しつつも攻めまくった映像表現、そして原作を見事にビジュアライズした超能力者同士の闘いはムチャクチャ楽しめました。
そしてキング自身も語っていた通り、映画版『シャイニング』が“氷”なら本作は“炎”。キング原作らしい、人の体温を感じさせるドラマになっていた点は何より嬉しい点。大満足の4.0判定で。
<2019/11/30鑑賞>
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余談:
レベッカ・ファーガソンが最高。原作から抜け出したかのような妖艶さと狡猾さ!
Well, Hi there…
今晩は
大変ご無沙汰おります。(多分、覚えていらっしゃらないと思います。)
偶々、今サイトを覗いたら、コメントがあったので。
当方がこの映画サイトを記録用からにレビューを上げるきっかけになった、素晴らしきレビューを書かれているお一人の方でしたので。
このサイトから別サイトに移られてしまったのかなあ、と思っていました。
イロイロとアリ、このサイトからすばらしきレビュアーが去って行った2年間でしたので・・。
いつかまた、浮遊きびなご様のレビューを、このサイトで拝読したいです。(尚、私は、このサイトの運営の方々とは何の関係もありません。)
ハート貰っていたの気づかずすんません。
なるほど原作ファンからすると素晴らしい展開だったのですね。映画でしかキングワールド知らないもので。
WOWOWでキャッスル・ロックシーズン2始まりますね!そちらも楽しみです。