「実話の映画化についての雑感」黒い司法 0%からの奇跡 琥珀さんの映画レビュー(感想・評価)
実話の映画化についての雑感
Based on a true story
実話に基づくストーリーの映画化、アメリカには本当に多いですね。
同時に公開されているフランス映画『レ・ミゼラブル』と連続で観てしまったせいか、理性でなく感性として希望よりも絶望が上回り、正直、少しきついです。
なので、実話に基づく映画、についての雑感を少しだけ。
近代の戦争だけでなく最近のテロ関連も含めた軍隊・部隊・作戦もの、政治(家)もの、ウォール街的な経済もの、『ギフテッド』のような子ども関係、カルト教団や悪魔信仰系、『ハドソン川の奇跡』のような事件・事故に材を取ったもの……
翻って日本では、映画の題材になるような事件・事故、ヒューマンドラマが少ないのか、或いは実話を映画として公開しづらい環境的要因があるのか。
たとえば、
・政治関連…政権への忖度?、情報開示の制約?
・事件・事故…当事者への配慮・遠慮(アメリカのように国内でも時差があったり、州が違えば別の国というほどの多様性や物理的距離、空間的距離がないので、日本では事件・事故の全貌が明かされることへの配慮は欠かせない)
・ヒューマンドラマ…市井の人たちの活躍はワイドショーで食い尽くしてしまって、映画化される前に陳腐化してしまう?例えば、スーパーボランティアの方など、どうなんだろう。
それから、いい話や人間ドラマは映画化される前にNHKが地上の星やプロフェッショナルとして紹介してしまうから、ということもあるかもしれない。
もしかしたら、日本の映画界には、すぐそこにあるはずの題材を発掘したり拾ったりして商業ベースに乗せるまで、プロデュースできるシステムや人材や資金を集める力が全体として不足しているのか、或いは未成熟なのかもしれないですね。だとするとちょっと寂しい話となりますが。
そうは言っても『37セカンズ』は素晴らしかったし、3月の『Fukushima50』にはとても期待しています。
FBIのように正義の執行人になりたい、と無邪気に憧れるリチャード・ジュエルが、もしアラバマ州のこの街で育ったなら、真実を検証することよりも、犯罪者(と見做された人)を懲らしめることが正義の執行だと思っていたかもしれないわけで、『レ・ミゼラブル』で紹介されていたユゴーの言葉が生々しく思い出されます。
『悪い草も人間も存在しない。悪いのはそれを作る者たちだ。』