ジョーカーのレビュー・感想・評価
全1577件中、1461~1480件目を表示
この作品がヒットした背景が重要
言わずと知れたバットマンの悪役「ジョーカー」 。
このジョーカーの誕生譚。
監督はトッド・フィリップス、主演はホアキン・フェニックス。
以前、同じくジョーカーが主役の映画「ダークナイト」を観たことがあった。
作品公開後に夭折してしまったヒース・レジャー演じるジョーカーも素晴らしい演技だったけど、今回のホアキン・フェニックス演じるジョーカーは、それに負けず劣らず素晴らしい。
特に、あの笑い方はなかなかマネできない。
引き笑いのような声は、笑っているようにも泣いているようにも聞こえる。
まさに怪演。
この映画が評価高いのも納得である。
さて、ストーリーについてだが、話としては結構単純。
先天的に笑い病とも言える病気に悩まされる主人公のアーサー・フレック(ジョーカー)が、売れないコメディアンを続けながらも慎ましく生きていたところ、様々な不幸が重なり、闇に落ちていく。
この不幸がまた1つ1つ重い。
最初に不良に襲われるのも気の毒としか言えないし、電車内で銃を使って3人を射殺するのもある意味正当防衛とも言える。しかし、殺人を犯してから、徐々に不幸度が上がっていく。出生の秘密を知り、さらに恋人だと思ってた人との関係性が実は妄想だとわかり、さらに自分の舞台がTVで流れ晒しものになってしまう。
最初、アーサーは社会(法)の枠に何とか納まろうともがいていた。
しかし、一度殺人を犯してから、徐々に狂気が増していく。そして、最後は社会の外へ飛び出し、心が解放されてジョーカーとなる。ジョーカーとなった後に、階段で踊っている姿はまさに解き放たれた姿そのもの。
そして、ラストへつながる。
前作のダークナイトでも感じたが、バットマンシリーズの登場人物は、アベンジャーズのような特殊能力を持ったヒーローではない。バットマンも結構普通の人間だし、ジョーカーも今作品で最後に車の事故でかなりダメージ受けてた。
おそらく、この設定が良いのだろう。
空飛んだり、敵をなぎ倒すようなヒーローものだと、ここまで悪役に共感はできない。1人のちっぽけな人間が、普通の人が感じる苦悩を通じて悪に染まっていくからこそ、その悪の姿に共鳴する。
そして、舞台となるゴッサムシティは、現在の「格差問題」を象徴している。
アメリカはそれほど詳しくないが、舞台は1970年代のニューヨークのサウスブロンクスあたりがゴッサムシティのモデルではないだろうか?
当時は相当な貧困街で、犯罪も多発していた超危険地域だったらしい。
映画を観てる人は、裕福な人が没落して、悪という形にしろ貧しい人が台頭していく姿にカタルシスを覚える。現在のアメリカ・・いや、日本含めて全世界でヒットするわけだ。それくらい全世界で格差が広がっている。私も、最初はいたたまれなくて観てるの辛かったけど、途中からだんだんとジョーカーに同調するようになったもんな。。。
それに、ジョーカー=「悪」と簡単な図式に落とし込むのは正しくない。
私はバットマンシリーズはダークナイト以外は観ていないので、鑑賞中は全く気付かず映画観終わった後で知ったのだが、最後暴徒に殺されるトーマス・ウェインの息子であるブルース・ウェインが、後のバットマンらしい。
最後のシーンでこの息子がやけにクローズアップされてたので「何でだろ?」と思ってたけど、なるほど、そういう理由だったのか。
ただ、このブルース・ウェインは、明らかにバットマン=「善」という描き方をされていない。これは「ダークナイト」に繋がる伏線なのだろうか?
つまり、この「ジョーカー」は「ダークナイト」と一緒に観て完結する作品なのだろう。
いずれにせよ、久々に良いハリウッド映画を観た。
我々の社会を維持するためには、ジョーカーは「悪」である必要がある。
しかし、そんな「建前」が通用しないほど、世の中に不満が溜まってきている。
その1つの現象が、この映画「ジョーカー」のヒットに隠されている。
単純な「善悪」の話ではなく、不幸で狂気的な男の誕生秘話ってだけでもない。評価が高いのは、ホアキン・フェニックスの怪演だけが理由ではないはずだ。
その背景をしっかり読み解くべきだ。
本当の〝ふつうのひと〟に気づかない世の中
このジョーカーは極めてふつうのひとの感覚を持ったジョーカーであると思う
もちろんサイコな要素はあるけれど、あくまで要素だ
表面は笑いながら、辛い現実に対して辛いとかつまらないとか理不尽だという気持ちをたくさん持っている
優しくしてくれる人も選ぶし、母には優しくという一般感覚もがんばっている
ただ、ふつうのひとを拾い上げない現実がトリガーになって突き抜けてしまうだけである
いつこんなダークヒーローがでてきてもおかしくない今の世の中であると思う
喜劇なんて主観
これがジョーカーなのだろうか?
「バットマン」を恥ずかしながら観ていないが、その分純粋に楽しめた。...
「バットマン」を恥ずかしながら観ていないが、その分純粋に楽しめた。
アーサーの動きも映像も秀逸で、ひきこまれた。
他の方のレビューを読んで、たしかにこれどこから妄想なんだろう、と…観終わってからもそれを考えてワクワクできています。
世間が知っているジョーカーの人となり(設定)を知らず、なんというか「出会ったら距離取るだろうなぁ、理解できないし、単純に怖い」と思った。気の毒ではあるんだけど…。
それにしてもホアキン・フェニックスすごい。
嫌いになれない悪役
「救い」とは何か
『バッドマン』に描かれる悪役「ジョーカー」がいかにして誕生したかを描く作品。
作品の性質上、ここからまたストーリーの始まりを想起させるようなエンディングになっているので、何でもハッピーエンドや言い切り系の作品がお好みの人にはオススメしない。
悪を生む社会の闇、
「絶望」がもたらす悲しい選択、
正直、映画の世界はどこまでも救いがないのだけれど、社会的弱者の代弁者たるジョーカーがむしろ民衆の「救い」となりヒーローとなっていく様を、決して正当化するわけではなく丁寧に描いたのではなかろうか。
階段で踊るシーンや血でグラスゴースマイルのメイクをするシーンなんかは神聖で、ジョーカーが崇高な存在に思えてくる瞬間だった。
ダークヒーローの本当の意味。
最初に人を殺めた後、初めて自尊感情が芽生えて、承認欲求は満たされた。何も持ってない男だと思っていたが、誰しもが持つ負の感情に訴えかける才能の持ち主だった!
暴動が起きている街を眺めながら、beautiful.と呟くシーンにはグッときた。形は違えど、暗く落ち込んだ街に希望の光を放った。喜劇かどうかを決めるのは主観だというジョーカーの言葉はまさしくその通りで、彼にとっては今まで受けてきた仕打ちも人を殺めたことも喜劇だと思うほか選択肢はなかっただろう。
何が正義で何が悪なのかを決めるのも受け取る人々の主観だという強いメッセージを感じた。
ラストシーンでジョーカーを救い出し、もう一度立ち上がらせた人々にとって、紛れもなく彼は正義だった。暗く冷え切ったゴッサムシティと貧しい人々の心にもう一度火を灯した、ダークヒーローの誕生。
視点は良いけどさあ
怒りが正当だからと言って、人殺しまで正当化されるのか?
幻想は幻想でしかない
チュートリアルの徳井さんが、復帰後はじめての地元での舞台で、「トイレ不倫しまして」というボケで笑いを誘ったそうだ。自分が犯してしまった現実に目を背け、笑いを取るという仕事。それがお笑い芸人、それがコメディアン 。自分は不祥事を笑いに変えるのはあまり乗り切れない。いわゆるブラックコメディーと呼ばれるような笑いの取り方も苦手である。その思想の本質に、ジョーカーを見た感想があるんだろうと思った。
キツい言い方をすれば、不幸なまま居続ければ、ジョーカーはジョーカー足らしめなかっただろう。母親に心底愛されているという幻想を抱いてしまったから、コメディアンとしての才能を憧れの人に気付いて貰ったという幻想を抱いてしまったから、内なる狂気に気付いてしまったんだろうなと思った。
アーサーが不幸なまま居続けてくれとは思わない。その思想はこの映画でいう上流階級の人間と同じ。ちょっと「上流/下級」の二極化が極端すぎるので、現実離れしてるように見えてしまったが、"フィクション"だとはっきりさせないと、現実にジョーカーになったと勘違いして暴徒化する人間も出てくるんだろうから、ギリギリのバランスにしたんだろうと思う。
「僕の人生は喜劇だ。」と言いながら、母親を息絶えるまで写さない演出が特に秀逸だった。
アーサーはジョーカーになれてある意味幸せだったのかもしれない。だとしたら、アーサーになれない現実社会に生きている人はどうすれば良いのか? 余韻が残る作品だった。
心から笑える日
生まれ、育ち、持病、社会、すべてが噛み合わなかった男が、すべてから解放されるに至るまでの道のり。
人の理解から最も離れたヴィランであるジョーカー。理解不能だからこそ恐怖の象徴なんだけど、そのジョーカーの根本に迫った作品。良い意味でも悪い意味でも根源。今後ジョーカーの姿を観るたびにこの作品の姿を思い出してしまうであろう位に衝撃が強かった。
見方が変わっちゃうよね。
誰が観たってホアキンフェニックスの怪演が恐ろしい。容疑者ホアキンフェニックスでも、全く真意が見えない姿はホント気持ち悪いくらいだったけど、今回はその上を行きますね。
とにかく、暗い、辛いをため込んで、終盤心から笑える姿は思いっきり晴れやかな気持ちになる。
やっぱり自分を偽り続けてはいけないんだな。
全1577件中、1461~1480件目を表示














