「決して面白くはありません」ジョーカー ひなさんの映画レビュー(感想・評価)
決して面白くはありません
この作品にエンタメ的な要素はありませんが、ただただ映像に圧倒されました。
アーサー・フレックことジョーカーは、様々な要因によって悪循環に陥っていきます。
有名コメディアンに、TVで馬鹿にされなければゴッサムが暴動で湧くこともなかったかもしれない。
政府からの薬が打ち切られなければ、もしかしたら自分のショーで笑い続けてショーができないということもなかったのかもしれない。
母親から虐待を受けなければ、急に笑う発作を持つこともなかったのかもしれない。
母親の手紙を読まなければ……銃を渡されなければ……
トリガーを引いたのは確かにアーサーではあるものの、周りの環境が彼を追い詰め、そして馬鹿にしてきました。
I hope my death makes more sense (cents)
この人生以上に高価 (硬貨) な死を
冒頭で出てくるアーサーが考えたネタの一つですが、これが彼がジョーカーに至るまで求め続けた物なのでしょう。自分の今までの人生に価値を感じていなかったアーサーは、死ぬまでに自分が存在したことの価値を求め続けた。そこに悪はなかったはずです。
例えば発端となった地下鉄の事件は、果たしてどうやったら防げたのでしょうか。
絡まれても我慢する? 悪くもないのに? 女性を救わずに我関しなければよかった? やり過ぎなければ良かった? 1対多で武器を使わずに対抗できたのか?
アーサー側の立場でできたことは、「ただ我慢して耐える」ことと「逃げる」ことだけではないでしょうか。
実際に世の中でも、集団で人を馬鹿にするということは頻繁に行われます。その一つとして学校における虐めが問題になっていますが、暴力だけでなく言葉のものまで含めるとキリがありません。
その時少数側は対抗手段を持ち得るのでしょうか。
そして、やったことの過多があるとはいえ、集団で行った行為は問題にされず、個人で行った行為のみが問題にされる。
アーサーが正義であるとするのではなく、ただありのままにアーサー側の視点を描くことで、そんな不条理を訴えかける作品だった。そう感じました。
障害を持っているという難しい役所であるアーサーを演じる、ホアキン・フェニックスの演技に目がいきがちですが、映像としても多くの工夫を感じました。
妄想彼女の一連のシーン、時系列に違和感を感じさせる(辻褄が合わない)一連の繋ぎ方から、現実に引き戻される瞬間。違和感を最高潮にしてからビジュアルで覚まさせる。とても印象的でした。
狂った感覚を醸し出すハンドカメラによる撮影、カメラのセンターをずらし、テンションを保つ音楽。
どこをとっても秀逸で、内容のセンシティブさにも関わらず丹念に描かれている。そんな作品でした。