「狂気に満ちたゴッサムという街。その犠牲となった道化の物語。」ジョーカー たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
狂気に満ちたゴッサムという街。その犠牲となった道化の物語。
『バットマン』シリーズ最大のヴィラン、犯罪界の道化王子こと「ジョーカー」の誕生譚。
財政難に喘ぐゴッサム・シティで、大道芸人として生活するアーサーが、日々の苦しみと絶望から次第に狂気を帯び始め、後に「ジョーカー」と呼ばれる怪物へと変貌していく様を描いたクライム・サスペンス。
監督は『ハングオーバー』シリーズや『デューデート』のトッド・フィリップス。
主人公アーサーを演じるのは『グラディエーター』『her』のホアキン・フェニックス。本作にてオスカーを獲得。
アーサーが憧れる大物コメディアン、マレー役には『世界にひとつのプレイブック』『マイ・インターン』の生けるレジェンド、ロバート・デ・ニーロがキャスティングされている。
製作には『ハングオーバー』シリーズでフィリップス監督と共に仕事をしている、ハリウッドスターのブラッドリー・クーパーが参加している。
👑受賞歴👑
第92回アカデミー賞…作曲賞・主演男優賞(フェニックス)の二冠を達成。
第77回ゴールデングローブ賞…主演男優賞(ドラマ部門:フェニックス)・作曲賞の二冠を達成。
第76回ヴェネツィア国際映画祭…最高賞である金獅子賞を受賞。
第43回日本アカデミー賞…最優秀外国作品賞を受賞。
公開前から楽しみにしていた『ジョーカー』。初日から鑑賞しました!
平日昼間というのにお客さんはやはり多め。期待値の高さが伺えます。
ちょっと前置き。
色々なレビュアーさんのレビューを読んでいて、この映画を勘違いされている方が多いことに驚きました。
これ、『ダークナイト』とはなんの関係もないから!!
ジョーカー=ヒース・レジャーという方が多いでしょう。確かに『ダークナイト』は名作でした。
しかし、映画でジョーカーを演じた俳優はヒース・レジャーだけではありません。
『バットマン』のジャック・ニコルソン。
『スーサイド・スクワッド』のジャレッド・レト。
そして本作のホアキン・フェニックスです。
(余談ですが、マーク・ハミルがゲームやアニメでは声優を務めていたりします。)
演じた役者全員がオスカー俳優という、凄いキャラクターなんですよ、ジョーカーは。
この4人のジョーカーはそれぞれ設定バラバラだから!見た目も全然違うし、生い立ちも全然違うから!性格も違うから!
だから、「こんなのダークナイトのジョーカーじゃない!」って言う意見は問題外です。
そもそも、本作のジョーカーはかなり『キリングジョーク』という原作に近いです。
真面目なコメディアンが、ある悲劇により闇落ちしてしまうというのは原作から持ってきたモチーフな訳です。
だから、「ジョーカーの過去とか蛇足!」という意見も論外なわけです。だって原作にあるんだもん。
むしろ『ダークナイト』のジョーカーが異質であると思ったほうが良いです。めちゃくちゃかっこいいけど。
(まぁ、その後のコミックではヒースの見た目や性格に寄せたジョーカーが登場してますけど。『ジョーカー』とか『バットマン:ノエル』といったコミックはほぼノーラン版のバットマンの世界観だったりします。)
ジョーカー愛から長々と前置きしてしまいました💦
以下本文です…
この映画で最も評価すべきは、ホアキン・フェニックスの悪魔的な演技でしょう!とにかく凄かった!
表情の演技が最高。「HAHAHA」という笑い声もジョーカーのイメージにぴったり。
この映画のために20kg以上の減量を行なったということですが、骨と皮だけと言っていいほど絞り上げられた身体はまさに狂気的。裸姿の背中のカットだけで、アーサーという男がただならぬ何かを秘めているということが伝わってきます。
そもそもホアキン・フェニックスはメイクしていないスッピンの状態でも、すでにコミックのジョーカーぽい顔立ちをしています。
彼以上にこの役をうまく演じられる役者は現時点ではいないでしょう。
映画の内容は暗く陰鬱。
ストレスを感じると声を上げて笑ってしまうという障害を持っているアーサー。そのせいで周りからは不気味がられる。
道化として働いているが、才能はなく、仕事ではヘマをしてばかり。
そんな彼に対して、ゴッサムという街は優しくはない。
精神的にも肉体的にもボコボコにされていくアーサー。
唯一の安らぎは、愛する母との交流である。
とにかく映画の全半はひたすら虐げられるアーサーを見なくてはならず、精神的にかなり辛い…。
悪いのは自分か?それともこの社会なのかと自問自答をしながらも、コメディアンになるという夢は忘れず日々を直向きに過ごすが、ある出来事が彼の運命を変えてしまう。
この出来事を契機に、彼に少しずつ変化が訪れるわけですが、この心理的な変化をホアキン・フェニックスという役者は完璧に演じ切ります。
アーサーの良心の崩壊と、彼の内に秘められた凶暴な暴力性が滲み出る様が痛烈に伝わります。
徐々に闇に身を落としていくアーサーですが、それとは対照的に彼自身はどんどん開放的になっていきます。
そして、社会の爪弾き者だった彼が、あの犯罪道化へと完全に変貌を遂げた瞬間のカタルシスたるや!
カルチャー史にその名を残す最凶の悪魔がここで誕生するわけですが、我々観客はこれまでのアーサーの鬱屈を知っているので、つい彼に感情移入してしまいます。
完全にしがらみから解放された彼を見た瞬間に心の中でガッツポーズをしてしまいました。
これまでゴッサムという街は、どこか寒々しく、空も鬱々とした天気がずっと続いていたのですが、ジョーカーの誕生からは空は晴れわたり、街もどこか輝きを放っているように見えます。
まるでゴッサムが怪物の誕生を祝福しているかのように…。
アーサーが憂鬱そうに登っていた階段を、ジョーカーは軽やかに踊りながら降りていきます。
ここで流れるゲイリー・グリッターの「ロックンロール・パート2」という楽曲がとんでもなくかっこいい!
この楽曲とジョーカーのダンスのコンビネーションを見るだけでもこの映画の価値はあります。
いやー、完全にジョーカーとしてのメイクと衣装を施したホアキン・フェニックスのかっこよさといったら。神々しい…。
クライマックスのジョーカーとデニーロとのやりとりは心に響きます。悪のはずのジョーカーの言い分の方に分があると思ってしまう。
悪と善とは主観に過ぎないというジョーカーの言葉の通りです。
ゴッサムで起こる暴動は、まさに現在進行形で世界中で起こっているデモと同じです。
香港のデモのニュースは、日本でも連日報道されており、この映画の内容はフィクションとは思えない生々しさを放っています。
最凶の悪を生み出すのは社会であり、民衆もどこかでそれを望んでいるのでは?と思ってしまった自分もこの映画に毒されているのでしょう。
観る人間の心を確実に蝕んでいくこの映画。
鑑賞には覚悟が必要です。