「女の情念」よこがお keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
女の情念
観賞後に、何か重苦しく粘液質の澱んだ思いが残ります。
「人生を奪われた女の哀しく危険な復讐。美しくも残酷な、極上のヒューマンサスペンス。」というキャッチフレーズですが、サスペンス性よりも人間心理の奥底に潜む得体のしれない狂暴で気まぐれな獣性を感じます。
その表象として、映画は常に曇り空の下で進みます。晴天でもなく、雨天でもないどんよりと曇った天気の下で、観衆は徐々に何か鬱陶しく滅入る気分に陥っていき、主人公がスパイラルに行き詰っていくのに同調して、ごく自然に感情移入していきます。
それは前半のフラッシュバック、及び後半の主人公の意趣返しにおいても同様で、決してロジカルではない行動は、やはり曇り空の中にあって、茫漠としてはっきり見通せません。
希望や情熱を感じさせる陽ざしも、不安や失望を感じさせる雨露も無く、唯々沈鬱な不明瞭さのままに灰色の色調に晒され、消化不良の状態が続きます。
筒井真理子扮する主人公と市川実日子扮する相手役、女性同士のやり取りから泛び上がってくるのは、将に女の心の奥底に蟠り、うねり、のたうつ漆黒の情念です。悲しみと怒りの起伏が交錯し輻輳して絡まり合い、更にねっとりと湿潤した感情の昂進がぶつかり合い、不気味に蠢いて不可視的に胎動しているのを感じます。
きっと女性の深層には、熾炭のように見た目には鎮まっていても、内面では醒めた炎が青白く赫々と燃え盛っている、炉心のような情念を抱えているのでしょう。ラストのやや不可解で唐突なエンディングは、その象徴だと看做してます。
物語の中での衝撃的な変化の表出は室内のフィックスの引きのカットで描かれ、客観描写ゆえにより深刻さが増しつつ、その伏線は常に戸外のトラッキングショットやパンで撮られているのも、日常の何気ない処にある陥穽を実感させて非常に効果的でした。その典型は動物園での主人公と相手役との会話シーンでしょう。
また本作の重要なポイントである主人公の過去と現在の切り分けは、外観上は髪型と長さ、及び服装の変化で描かれていますが、容貌を見るまでもなく、その眼差しによって明らかに判ります。過去の描写では常人の眼をしている一方、現在では狂人の眼つきであり、そこには異様な黒々とした輝きがありました。思わず身震いするほどの狡猾さと狂気に満ちていました。筒井真理子の、この“眼”の切り替えは見事です。