「隠し味は、女性の嫉妬」よこがお りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
隠し味は、女性の嫉妬
米田(池松壮亮)が勤める美容室を訪れたリサ(筒井真理子)。
初めてだという彼女に、米田は「以前お会いしませんでしたか」と訊く。
彼女はかつて訪問看護師として働き、その仕事ぶりも高く評価されていた。
当時の名前は白川市子。
かつて、彼女が看護していた老画家の中学生の孫娘・大石サキ(小川未祐)が誘拐される事件が起きた。
が、犯人が市子の甥だったことから、市子の人生は変わったのだった・・・
というところから始まる映画だが、現在と過去の事件の顛末が交互に描かれていく語り口は、はじめ少々戸惑う。
注意していれば、市子=リサの髪型なり、場所の住所表記なりで、別の時間軸だということはわかるのだけれど。
ま、漫然と観ているこちらが悪いのだが。
それはさておき、誘拐事件としてはそれほど大事には至らない。
犯人が10日ばかり孫娘を連れまわしたので、営利目的でもなく、被害者に危害は加えなかったからだ。
けれども、事件を契機に市子の人生が崩壊していく。
彼女が被害者宅で看護していたこともさることながら、犯人である甥が被害者と居合わせる場を図らずもつくってしまったからだ。
市子は被害者の姉・基子(市川実日子)と仲が良い。
ニートの基子にとっては、市子が唯一の友といってもよい。
そんな基子が看護士になるための勉強を市子がみてやっている。
場所は大抵は近所の喫茶店。
そこへ、むかし市子が使っていた参考書を犯人が届けに来、偶然、サキも居合わせてしまった・・・
そういう偶然レベルなのだが、基子からの甘言によって、市子は大石家に犯人との関係を告げないままでいて、それがあらぬ疑惑を生んでいくことになり、結果、市子の人生が崩壊してしまう。
この崩壊のスリリングには、大きなスパイスが隠されている。
それは、市子と基子の関係。
基子は、市子のことが好きなのだが(たぶん、憧れというようなレベルは超えている)、市子はそれに気づかない。
無頓着といってもいい。
市子を独占したい、手放したくない思いから、基子は甘言を囁き、無防備な市子は易々と乗ってしまう。
その後、基子が市子の人生を崩壊させる証言をするのは、疎外感から。
事件の渦中にいる市子を助けようとして、自分と逃げ隠れることを提案するが、婚約者のいる市子は現実的でないと突っぱねる。
この「独占欲」と「疎外感」は、別の言い方をすれば「嫉妬」である。
女性同士のこの手の映画は、ジュディ・デンチとケイト・ブランシェットの『あるスキャンダルの覚え書き』や、カトリーヌ・フロとデボラ・フランソワの『譜めくりの女』があるが、日本映画では珍しい。
映画のラストは、看護師になった基子を見とめた市子が、自動車の運転席でクラクションの轟音を鳴らすシーンと、その後、自動車を運転し続ける市子をサイドミラー越しに捉えた長い長いカットだけれど、たぶん、市子は基子の気持ちにに気づいていない。
復讐できなかったことに対する悔しさだけなのだろう。
これが、基子の気持ちを知った市子の咆哮を暗示するようなものだったら、この映画、傑作になったはずだ。