「宇宙と父と我が心の旅路の果てに」アド・アストラ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
宇宙と父と我が心の旅路の果てに
日テレ(日)夜の人気バラエティー番組の不定期企画“中岡宇宙の旅”。
なんだか『SW』みたいな展開になってきたけど、寧ろ本作がベースだと思う。
…と、まあ、そんな事はどーでもいいとして、
地球外生命体の探求に人生を懸け、16年前に海王星付近で消息を絶った父。
偉大な宇宙飛行士だった父と同じ道を進み、父を捜す為、大宇宙へ旅立つ息子。
何ともドラマチックで、壮大な宇宙への冒険を期待させる内容。
…が、公開したら、圧倒的に厳しい声が。
個人的には言われるほど悪くなかった。
まず、これが監督ジェームズ・グレイの作風。
インディ・ジョーンズのモデルになった実在の冒険家を描いた『ロスト・シティZ』が、エンタメ・アドベンチャーかと思いきやシリアスな人間ドラマタッチだった事もあり、本作もそうなんだろうと。
また、以前『インターステラー』のレビューでも書いたが、藤子・F・不二雄のSF短編で、未知の宇宙への旅立ち、大宇宙の神秘、個人の内面を掘り下げる作品があり、こういう知的SFが好き。
『2001年宇宙の旅』『インターステラー』と並ぶ知的SFの新たな傑作誕生!…とまではいかなかったが、好きなタイプのSF映画。
まあ、厳しい声も分からんではない。
作風は淡々と静か、主に主人公の語りで展開していく。
ド派手ド迫力の見せ場やスペクタクル・シーンはあまりナシ。
『インターステラー』ほどの壮大さ、『2001年宇宙の旅』ほどの圧倒的な哲学性にも欠ける。
が、しかし、
名手ホイテ・ヴァン・ホイテマによる幻想的な宇宙の映像、
リアリティーを追求したセットやロケ撮影、視覚効果や音響など第一級の映画技術、
主人公のドラマチックな旅立ちに始まり、
月面でのチェイス、軍の陰謀、父の衝撃の真実…スリリング性もある。
そして、根底にある主人公の苦悩・葛藤、父子のドラマが深みをもたらす。
これがハラハラドキドキワクワクの娯楽SFだったら期待外れも無理ないが、このシリアスで静かな作風は本作に合っていると思う。
同性でも惚れ惚れするほどのカッコよさ、魅力、スターのオーラを消し、抑えたブラッド・ピットの演技が絶品。アップが多く、細かな表情の変化のみで主人公の複雑な心情を体現している。
父役トミー・リー・ジョーンズも出番は少ないが存在感と印象を残す。
この人気スターと名優の共演も見ものであり、兼ねてから見たかった。
知らされた父の衝撃の真実。
実は父は生きており、太陽系を滅ぼしかねない危険な計画を実行しようとしている…。
課せられた極秘ミッション。計画の阻止と、必要あらば父の暗殺…。
家庭を顧みなかった父。
記録映像に残された、目的達成の為ならばクルーの命さえ犠牲に。
父は狂人なのか…?
肯定は出来ないが、多少たりとも分からんでもない。
まるで観光地のように侵食された月面基地。
宇宙に進出しても変わらない資源争い、陰謀…。
そんな人間たちの愚かさに失望。
だからより一層、宇宙の深遠へ入り込んで行く。
救いと答えを求めてーーー。
命令に背いてまで、父を捜す事に執着。
父と同じ道を歩んだが、父と同じ過ちを。
あるトラブルからクルーを死なす。自分もまた、宇宙の深遠へ入り込んで行く。
宇宙は人の心を惑わし、狂気に取り憑かれ、脆く弱い人間如きが足を踏み入れてはならない聖域なのか…?
主人公ロイは、終始苦渋の表情。見るからに生き方に悩み、苦しんでいる。
離婚を経験しており、他人とも親密な関係を築けない。
ミッション中、大宇宙で一人に。
孤独には慣れている筈なのに…、何だこの、表しきれぬ寂しさ、悲しさは…?
自分は本当はこんなにも、人の温もり、人との関係を欲していたのか…?
クライマックスの父との再会は、決して感動的なものではないが、胸に迫るものがある。
可愛い子には旅をさせろ、と言う。
父捜しの旅を通して描かれる、我が心の旅路。
宇宙の果てで見付けたものは…
父が我が身を犠牲にし、自分は与える事の出来なかった、息子への人生の示しと尊さ。
無論これは自分なりの解釈で、Wikipediaなんか見ると違っている。
でも、自分はそう感じた。
それが知的SFの魅力であり、醍醐味だと思う。
宇宙と人の心が無限に拡がるのと等しいように。