エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へのレビュー・感想・評価
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ミドルスクール卒業間近に最も無口で賞をもらったイケてない女の子の奮...
ミドルスクール卒業間近に最も無口で賞をもらったイケてない女の子の奮闘記。
SNSが当たり前に存在する今のローティーンならではの青春劇。
自分を変えようと空回りする主人公の行動が時に痛々しく滑稽の感じる。
が、その健気さが愛らしい。
演じている娘の魅力と身体的な欠点(ニキビだらけの素顔やちょいポチャな体形)をさらけ出す勇気に、エールを送りたい。
頼りなげだが深い愛情を捧ぐ父親の存在が◎
実状を知ってる訳ではないが、結構リアルなアメリカの思春期劇だと思う。
Gucci!
アメリカ版おしゃれ中学生日記
思ったよりエンタメだった。そしてA24的な音楽の入れ方がなければ普通の映画だった。普通というと、やはり主人公はそれなりにかわいくなければいけない訳だけど、この映画はそうではないところに非商業性があり、それが特異。というか、それがかわいらしく見えるための映画というか。
劇場でアメリカンスクールの女の子同士できて盛り上がってるのを見てるほうが面白かった。
ほろ苦く切ない
スマホ依存世代の少女、以前観た「シンプル・フェイバー」を彷彿する感も有り、笑いのシーンは余り無く割と真面目側に振ってある、ほろ苦く切ない青春学園家族ドラマ。
ラストはもう少し期待を持たせてくれても良かったかなー、
とにかく頑張れー!
胸の痛みを思い出させる映画
終始胸の中が痛いなぁと思いながら観てました。
私は男ですが、抱えてる悩みには共感しました。
わからないんですが、たとえデジタルネイティブだからって抱えてる悩みの根本は同じじゃないんですかね?
私も人気者でもない、好きな子に振り向いてもらえない、なんといってもアガリ症で当時の辛い記憶や痛みを久しぶりに思い出して胸がチクチクしました。
今は父親の立場。この映画でも父親が救い。痛みは成長に必要なプロセスながら、近くで見守るこの父親のようにありたいと思いました。
努力の方向
中学校卒業を間近に控え、最優秀無口賞を受賞してしまったチヤホヤされたいけれど、さらけ出せず、ネットでハッタリをかます少女の話。
憧れや虚栄を自分のことの様に語る動画をアップするも、そんなもの誰も面白いと思ってくれないからフォロワーなんている筈もないし、嘘で固めていたり構えてしまっているのが判るから、現実世界でも目立つ子達には相手にされない主人公。
いや面倒臭いって。
変わりたい。変われたつもり。でも、肝心なところが変われておらず。な立場からのほんのり成長物語で、世代の差、性別の差、国の差、勿論個人の差もあって、自分がその年代だった頃を考えると被るところは何一つないけれど、判らなくはないところを感じるものはあってなかなか面白かった。
ただ、いかんせん自分が主人公と比べて歳を重ね過ぎているからか感動や共感までは至らなかったかな。
…我ながら回りくどい日本語だなw
バカなことを言えたり、自分のバカさを認められることが大切だと感じられるか、ホントに何も考えていないかが正解だということなんだけど…難しいよね。
素直であれ!
期待し過ぎちゃった
普通なら見ない映画だけどあまりに評判が良いし、今のところハズレのないA24という気鋭の制作会社なので期待しすぎちゃったんです。話はホントになんでもない、普通の女の子の日々の生活。彼女にとっては事件だろうけど映画になったらなんでもない淡々としたお話。お父さんとのエピソードも自然で14歳らしいとても自然な反応で、周りの人もすごい悪人はいないし、安心してみてられた。いい映画だと思う。けど思春期女子映画ならレディバードとスイート17モンスターっていう名作があるからなーって冷めた目で見てしまいました。しいて言えばこの2つの映画さえもお姉さんたちの話なんだよね。この微妙な年齢差がこの映画がヒットした理由かもしれないし、私がピンとこなかった理由かもしれません。
これは映画館で観なくてもいいかな
SNS世代の青春等々描いているのはわかるけど、日常をただの日常と描いたものは映画ではなく、それこそSNSで発信してください、という感じ。
映画サイズの作品ではないかな。
久しぶりに時間を損した思い。
全てのシングルファザーだけど
全てのシングルファザー、もしくは娘とどう接していいのか?解らない父親に観て欲しいです。まぁ、観たとして何も解決しない可能性がありますが。
成長出来るって、素晴らしい…歳をとる度に切実に感じる。
十年後?五年後?いや、一年後の自分にメッセージを残したくなる。
全ての人にエールを。
陰キャの青春リアリティ。今ならパパの愛情が痛いほどわかる。
少し前なら、主人公のケイラだけに感情移入してこの映画を見た気がするのだけれど、今となってはケイラのパパの気持ちまでわかる気がして、全編にわたって胸が張り裂けそうだった。ただでさえ、共感性羞恥を刺激するような「陰キャあるある」で溢れたこの映画。プールパーティーでのバツの悪さや、年上グループに一人混ざった時の所在なさ。意中の相手の前での不器用なアプローチ・・・と、青春時代をただの陽キャでは過ごせなかった人なら逃げ出したくなるようなシーンが連続する。ケイラを演じたエルシー・フィッシャーの水着からあふれる贅肉のリアリティも含め(多感な年齢でよくあれを演じたものだ)、あの決まりの悪さをここまでリアルに表現した映画って、なかなかなかったと思うし、青春ってのは、キラキラ眩しいものじゃなくて、ボロボロに傷ついてしごく切ないものだっていうことを思い出す。この映画は、ケイラの気持ちで見てもパパの気持ちで見ても、そういった青春の痛みや切なさがしかと感じられて、その上で凄く良い映画だったなと思う。
日本とは治安や法制度が異なるアメリカだと、子どもを一人で外出させてはいけない法律があったりするし(小さい子どもだと家で一人で留守番させてもいけない)、特に西海岸だと車社会なので免許を持たないうちは友達と遊びに出かけるだけでも親に車で送迎してもらわなければならなかったりして。ということはつまり、親には子供がどのくらいの頻度で友人に会い、その友人がどんな子で、夜何時まで外出を許しているのか・・・なんてことがすべて筒抜け状態になってしまう。そんな中で、子の友人関係があまり良好ではない時に、それまでもが親には簡単にわかってしまうのだ。ケイラがパパに対して冷たく当たるのは、思春期の苛立ちもそうだけれど、友達がいないことや学校が楽しくないことがバレたくないという、彼女なりの必死な防衛本能だったりもするのだと思う。そしてそれは決して彼女自身のプライドのためではなく、自分を心から愛してくれる父親を失望させてはならないという健気な献身でもある。
一方で父親の方も、ましてや相手が娘なら、どこまで接近していいかどこまで離れるべきかも考えながら、ウザがられながらでも娘を守らなければならない義務がある。泣きながら帰宅し自室に閉じこもった娘を、放っておくのが正しいのだと分かっていても、あえて「放っておいて!」と言われるために扉をノックしなければならない時が親にはある。そんな葛藤が、ケイラのパパからは常ににじみ出る。娘がバナナを嫌いだとわざわざスマホアプリにメモしていたり、ショッピングモールでこっそり娘の様子をうかがっていたり・・・。娘の立場で考えればどう贔屓目に見たってウザい父親だ。でも親はウザがられても子を視界に入れていなければならないし、我が子があまり友人関係でうまく行っていないと気づいても気づかない振りで「お前はクールだ」と言ってあげたいと思うものだ。仮にそれが子のプレッシャーになるとしても。
そんな二人の葛藤が、あのタイムカプセルを燃やすシーンでついに溶解される。私はこのシーンでうっかり泣いてしまった。二人の気持ちが良く分かってしまって。父と娘は決してすれ違っていたわけではなく、ただ思い合っていただけだと分かる素敵なシーンだったから。
少し前なら、私は主人公のケイラだけに感情移入してこの映画を見た気がするし、それでも満足だった気もする。だけど今なら、今だから、ケイラのパパの気持ちも分かる気がする。そして私が学生当時の両親の気持ちも少しわかるかもしれないと思う。前までは青春映画なんて興味もなかったのに、最近になって急に青春映画が胸に響くのは、主人公を我が子のように思うからかもしれないし、かつての自分のように思うからかもしれない。だから青春の痛みにあがく主人公を抱きしめて「その気持ち、わかるよ」と言ってあげたくなる。
私には子供がいないし、年齢でいえばケイラとパパのちょうど中間あたりだろう。そんな今このタイミングだからこそ、やけに青春映画が胸にしみる。そして自分が親にちゃんと愛されていたことを十数年遅れでひしひしと実感する。
ティーンエイジャー
一番自分が分からなくて、何者なのかと戦い、友達や仲間を意識し、影響を受ける時期。
世代、時代は変わっても、ティーンエイジャーという難しい年頃はいつの時代も本質的には変わらない。
親との関わり、友達、仲間、彼氏彼女、初体験、、、
とくに初体験に関してのあるあるで、
年上の男の子から誘われて
そこで、思い切って手解きを受けるか否か、、、
彼女の選択は賢かった。
すべて自分もあったあったと重ね合わせて鑑賞できた。
自分の子どももあと数年したら難しい年ごろになるので、しっかり向き合っていきたいと思う。
お父さん、とても素敵だった。
中学生ってつらい
描写がリアル。とくに主人公の体型やニキビがリアルでよかった。
自分の中学生時代はSNSなどなかったので同じではないが、他人から見た目をどう思われるかを過剰に気にしたことわ背伸びしようとしていたことを思い出した。親の気持ちもよくわかって涙が出た。
主人公が自分を前向きに受け入れ成長していく展開が、嬉しかった。国は違えど、繊細な子供の心情や学校内での人間関係って同じ。意外と、ありそうでないタイプの映画だな。
Just being yourself !!
この映画はパニック症候群の主役の話だと期待していたが、彼女がパニック症候群になりそうだったのは特に、プールパーティーに招待されて、トイレで水着に着替えるシーンが主だった。彼女は同級生たちの前に水着姿で出ることと、慣れない環境に入ることで、緊張感が極度に高まってパニックになるが、深く深呼吸をすることにより、かなり回避できている。あと数週間で8年生が終わり中学の卒業式を迎えて高校生になる(9年生が高校一年)が、背伸びしたくてケイラはシャドーをしてくれた高三の先輩と出かけるが。。
デジタルネイティブの世代で自分に自信がない主役ケイラはyoutube にアドバイスを載せている。そのアドバイスは例えば、『自分自身、そのままでいることは大事』『どうすれば自信が持てるか』などとかでも、それらのアドバイスはケイラ自分に必要なことだったのだ。
最高の青春映画であり家族映画
8th gradeは日本でいえば中学2年生。だがアメリカではここでmiddle schoolからhigh schoolに進学する(middle schoolが日本でいえば小6から中2)。その微妙な時期の最後の1週間。
主人公、よく頑張ってるなーー!と思ってしまった。私も中学時代、冴えない友だちいない系だったが、あの頃はYouTubeもTwitterもInstagramもなく、ある意味平和だったのかもしれない...。コミュニケーションが苦手な子には学校生活は苦しいのは万国共通なんだな、と実感させられる。パーティとか。高校生と一緒にご飯行って浮いちゃうとことか、同級生への接し方がどうしても浮いちゃうところとか。そして全然自分悪くないけど縮こまっちゃうところ。
クールというのは難しい。あの年頃、真面目になったり熱くなったりするのはクールではなく、お洒落だったりなんとなく盛り上げが上手かったりが人気が出る。そこから外れてしまうのは怖いけど、そこになりきれない人。昔の自分を観てるようで苦笑いが浮かぶ。
でも主人公のケイラは頑張るのだ。どうしたらいいかいつも考えている。方向がやや明後日だけど、必死に頑張る。頑張れ。ひたすら応援したくなる。
そして父。なんだあの完璧な父。最初弱いだけかと思っていたら最後にきっちり泣かせを仕掛けてくる父。全力で自分を肯定してくれる人間は大切だなと思った。
人生の一瞬がうまくいかなくても、きっとなんとかなる。なんとかできる、そういう勇気が持てる映画だった。
しかしアメリカの若者はませてるなあ...とか思うのは私がおばちゃんだからかしら...。SNSの駆使度は日本も変わらないのかしら。多分今の子の方が色々大変なんだろうなあとも思わせられる。
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