劇場公開日 2019年6月14日

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「僕達の内面や、世界や、社会に潜む狂気」ハウス・ジャック・ビルト ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5僕達の内面や、世界や、社会に潜む狂気

2019年6月19日
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多くの人々に潜む狂気と言ったら、自分は違うという人も多いと思う。
だが、僕たちは、常に心の中に何か怒りを抱えていて、例えば、気に食わない人間や、テレビで見た犯罪者に「こんな奴、死んじゃえ」と思ったり、冗談でも「殺すぞ!」なんて言ってしまうことは結構あるように思う。

最初の犠牲者は、そんなジャックの怒りに触れたことによって、ジャッキで顔面を殴られて殺害される。
こんな簡単なことがきっかけで、連続殺人鬼が誕生するのだが、やはり、これは普通じゃない。
しかし、これが紛争地域や、戦場だったら、どうだろうか。
僕たちの内面に潜む狂気は、増幅されないだろうか。
ジャックは、次第に殺害や殺害方法を分類し、それを記録でもするように、死体を冷凍したり、好みの形に作り変えたり、写真に撮ったり、殺人を日常の一部にしていく。
まるで、アートだと言わんばかりに。
もし、アートを、政治的なイデオロギーに置き換えたり、民族や宗教的な原理主義に置き換えたら、どうだろうか。
僕は、映画の凄惨な場面は苦手だが、実は、人々が目を背けている残虐な殺人行為は、世界のあちこちで起きているのではないか。そう、政治イデオロギーや、民族的・宗教的原理主義の名を借りて。

エピローグで、ジャックは、遺体という新たな材料でハウスを完成させる。しかし、その地下に広がるのは、ヴァージに案内される地獄だ。
エンディング近くで、ヴァージが、その地獄を階層で説明してる場面があるが、これは、ダンテの神曲を模しているのだろう。
ダンテの神曲は、地獄や天国を階層にして説明したルネサンス期より前の物語だ。
また、ダンテの神曲は、現在のイタリア語に繋がる当時のトスカーナ語で書かれて、ラテン語で書物を記さなくてはならなかった当時、支配層や宗教上の教養層からは相手にされなかった作品だ。しかし、密かに読み継がれ、今では文学史上最も重要な古典という位置付けだ。

まあ、つまり、トリアーは、映画の評論家や、鑑賞者に対して、「今、お前らが分からなくても、この作品がきっと理解される時代はいつかやって来るのだ!」と挑発しているかのようだ。

また、「ベルリン天使の詩」の天使役のガンツが、ヴァージとして地獄を案内するというのも皮肉たっぷりだ。
新しい材料を使えば、アートになるんじゃないかというアドバイスも苦笑いだ。
世に氾濫するアートもどきなんて、そんな材料を変えた程度のものということだろう。
そして、世界中で起こっている狂気の殺人の背景にある政治的なイデオロギーや、民族的、宗教的な原理主義の動機付けだって、大したもんじゃないと言ってるような気がする。
殺害が伴わなくても、日本人の尊厳は…と言った民族対立を煽る意味不明の思考回路だって大差ない。

そう、ジャックの建てた家と同じで、僕達の社会や世界の下には地獄がポッカリ穴を開けて広がっていて、僕達を待っているのかもしれないのだ。
そして、自分は特別と思ってる者に限って、最下層まで落ちていくのだ。

ワンコ