「肩の力を抜いてみることをお勧めします。」天気の子 こりもとさんの映画レビュー(感想・評価)
肩の力を抜いてみることをお勧めします。
あえて語られていない事や、監督の手法の関係からか語りつくせなかったことがいろいろあって、
深く考えると楽しめないと思う。
たとえば、前者で言えば主人公の家出の理由。
これは監督自身が明確に「この物語で内省されない」と言っている。
つまり、顧みられない、どうでもいいことだという意味。
10代の漠然とした息苦しさとか、家出や喧嘩の理由なんて、
(その当時の当人によっては極めて重要であったとしても)振り返ってみたら大した意味なんてないことがほとんどだし
物語に対して何ら影響を与えないから語られない。
実際、保護観察で島に帰ったあと「当たり前に生活する場所だった」という独白もあるし、
そこ突っ込んで考えても意味はないと思う。
個人的に描写が足りないな、と思ったのは、唯一大人の代表として物語に登場している須賀が、
高井刑事を殴るに至った心理描写。
明日香~→大切なものの順番→そこまでして会いたい人→涙→会いたいんだー!で、
「大人」として丸め込んでしまった自分を解放していくのだけど、明日香を思って泣いたのに、
陽菜を思って泣いてる帆高を止め行くのもよくわからんし、大人代表で仲立ちしに行ったのに
会いたいんだー!一発で自分を取り戻して刑事ぶん殴るのも一足飛びな気がした。
不思議に思うのは「現実的ではない」と批判的な目を向ける人も陽菜が人柱であることに
何の疑問も抱かないところかな。
セカイより陽菜を選んだってのは単に小僧がそう思ってるだけで、
劇中に生きてる人の現実としては冨美さんの「なんであんたが謝んのさ(笑)」に現れる通り
単に自然現象としてそうなったということであって、僕たちが世界を変えましたなんて言ったら、
頭おかしいんじゃなの?っていう結論になると思うんだよね。
劇中を通して、帆高は驚くほど成長しない。
普通は何々はずだ、とか 何々であるべきだ、というべき論にとらわれずに、
ちっとも成長しない独善的でただひたすらにエネルギーを発散して生きる少年の恋を
頭空っぽにして眺めるのが楽しみ方なんじゃないかなと思う。
この監督は映像に音を当てるのではなく、音に映像を重ねてくる監督なので、
そのシンクロがわざとらしいと感じる人もいるし、シンクロ率が心地よくてグッとくる人もいると思う。
ラストを決めあぐねた挙句たどり着いたのが「大丈夫」で、
だから最後に「大丈夫」が割って入ってきてエンドロールが2回あるというみょうちくりんな作りになってるけど、
そこはご愛敬でしょう。