「セカイ系アニメの再構築」天気の子 Masaharu Mogakiさんの映画レビュー(感想・評価)
セカイ系アニメの再構築
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2000年代、国内のアニメーションは主にエヴァンゲリオンなどの影響で、君と僕の関係がそのまま世界の命運に繋がるような作品群(これをセカイ系という)が非常に大きな力を持っていた。
もちろんこれは当時のアニメやビジュアルノベルを知っているもののみに伝わる共通項で、この手の話に疎い人には全く縁のない話だが、当時の新海誠はこのど真ん中にいた。
初長編の「雲の向こう、約束の場所」にも、こういった要素は見えている。
今作、天気=セカイとみれば、その構造はとてもわかりやすい。セカイを変える力を持った少女と家出少年という組み合わせは鉄板といってもいい。
セカイを変えて、人々を笑顔にする、そしてその代償として、少女はセカイから消える。
少年はセカイよりも少女を選択し、社会を敵に回して、少女を救った。
ラストのシーン。
急に3年飛ぶ。秒速を思い浮かべた方も多いのでないか。
今回、3年飛んだ先で、少年は青年になり、あの出来事は、一瞬の夢のようなものだったんだ、セカイなんて狂っていて、変えられるようなもんじゃない。わかったろ?と小栗旬に言われる。そうかもしれないと、少年は一瞬悩む。
だが、少女を一目みて、いやそうじゃない、セカイを変えたんだ、だがら今がある!と青年は答えを得る。
この展開は、本当に素晴らしいと思う。
人によっては意味不明だし、不快にすら思うかもしれないが、私は素晴らしいと感じたし、きっと、これまでの新海作品を見て来られた方々もきっと同じだと思う。
あと、過去作のキャラが端々に登場するのは、遊びがあって面白くて好きです。
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