惡の華のレビュー・感想・評価
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意味がわからなかった。
私に理解力がないのは認めるけど
変態性だけをフューチャーして
よくここまで出来上がったなと思った。
原作は知らないから
このままなのか
そうじゃないのかは分からない。
ただ、玉城ティナは可愛いだけで
演技は下手だから
きっと原作のがいいのかな?
まあ私は原作見ても意味がわからなそう。
日本語について考える。
パッケージの女優さん(玉城ティナ)に惹かれて、DVDで鑑賞。
原作は読んでいない。
ただ監督へのインタビューなどは雑誌で見ていたので、ちょっと期待していた。
画面も明るくテンポも悪くはないが、それ以上のものが見られない。
女優さんのブルマ姿も全然、色っぽくないな、これが変態なのかな、と映画が進んでいくうちに気がついた。
これ中学生って設定なんだ!
いや、とても中学生には見えないって!
高校生がやっとだろ!
ところで、この映画でも主人公たち役者さんたちが、よく叫んだり、大声で怒鳴ったりするんだけど、ちょっと聞き苦しい。
最初は役者さんたちが下手だから、と思ったが考えてみればベテランの役者でも、声優と呼ばれる人たちでも、あんまり叫んだり、怒鳴ったりって不自然で聞きとりづらい気がする。
ひょっとして日本語って、大声で発するのに合わない言葉なのかな?
英語のシャウトはかっこいいのにね。
これからの日本映画、叫ぶシーンは出来るだけ減らすとか、語感に気をつけて言葉を選ぶとか考えてみて・・・なんて、ここで俺が書いたとこで誰も読まないよね。
思春期を思い出す
自分は特殊で他人とは違うって思ってた。小さな町に生まれて、小さな世界で生きてる親を見て、ため息をつきながら、でも、一方で、知らない事だらけの大きな世界が恐くて、外に出れなかった。
普通の人に成りたいけど、成りたくない。理解して欲しいけど、して欲しくない。そんな思春期の自分を思い出した。
漫画を読んでいたので、気になって。
読んだのはだいぶ昔だったので話の筋はうろ覚えでしたが…宣伝時はキャスティングどうなのかな?と思っていたものの、見てみると結構合っていたように思いました。玉城ティナが可愛すぎたけど笑 思春期に、誰にも出せないモヤモヤ、ドロドロを拗らせた経験がある人は、痛みを抱えながら見てしまうのではないでしょうか。わかりたくないけど、わかってしまう…あのときのぐちゃぐちゃが振り切ったらこうなってたんかと。でも、時々どこか冷めた気持ちになってしまって、もう少し若い時に見れたら良かったなと思いました。あと、時間が足りなかったのだと思いますが、ときわさんと精神的につながっていく過程がもう少し丁寧に書かれていたらなーと。最後らへん、ちょっと唐突感があってついていけなかったです。
深い
原作既読。ゆえに嫌な予感しかしなかったので、上映中はスルーした。
でも朝ドラで伊藤健太郎の演技力を垣間見て、
これはイケるんじゃないかと思って観てみた。
変態の定義は様々だけど、
思春期に覚醒するものもあれば、思春期限定のものもある。
この主人公は振り切ってはいるものの、後者な気がしてる。
誰かの喜ぶ顔がみたい。
誰かの幸せを願う。
これらは、マゾヒズムの基本姿勢ではあるけれど、
基本的にマゾヒズムは根がポジティブでなければいけない。
相手から跳ね返ってくることを計算している実にあざとい生き物である。
では、仲村はどうかー
彼女こそマゾヒズムの定義に該当すると思っている。
一見、サディズムに感じるかもしれないが、
サディズムとは、相手を傷つけたり罵ったりすることを快感とするものではない。
自分で自分をとことん追い込んで、破滅へ導くことに心酔する生き物である。
だったらそれじゃないかと思うかもしれないが、
サディズムは相手の都合など考えない。
極論としては、相手など誰でもいいのだ。
つまりあの大きな事件の後でも、必ずやり遂げる。
もっといえば櫓から突き落とすような慈悲深いことなどしない。
あくまで相手は自分の破滅するための道具であり、
相手の都合などどうでもいいのだ。
結論としてこの二人、
もっと言えば主要キャラの4人全員、
マゾヒズムと言って問題ない気がする。
にしても、
にっこり笑っていれば可愛いし、容姿も素晴らしい玉城ティナの、
しゃくれ顎の最もブスな角度を狙って撮った監督すごいと思ったし、
好青年を演じさせればあの世代に敵なしの伊藤健太郎の腹を
若干のブヨにさせたのも狙いなのかもしれないけれど、
骨格が原作とはちょっと違うけれど、まぁいいかの範囲。
ただこれを、思春期でもない、SM嗜好でもない、
ただのからっぽ自覚の人たちが観たら、
どう思うかは解らない。
仲村の、
「下の方の、中の方がモヤモヤする」が、
どういう意味なのか、なかなかに解りにくいかもしれない…。
厨二病
最近では厨二病という言葉があるように
中学の思春期の多感な時期に
考えることは多く答えも出なく自分に悩み、自分を信じ
成長していく。
この映画は最初、みてる時は面白くない映画かなど思って前半みていました。
しかし、途中から自分の思春期の頃の感情の揺れ動きが思い出されながら、どんどん引き込まれていった。
よく十五歳は抑え切れない衝動を
グレたり、荒れたり、暴走する事で発散出来る事が多い、それらが出来ない人はどうなんだろ
多くの人は不良にもなれずもがき騙しながら成長するだろう。
それをうまく表した映画だと
み終わりには思った。
玉城ティナの中学生はちょっと老けてると思ってしまったが。。。
ダイナーのメイド服の方が好きだな
原作がどうなのか確かめる気もおきない
原作も読んでない。町山智浩がラジオでもの凄く評価していてついつい劇場へ。
玉城ティナをそこまで好きじゃないと乗りきれない。伊藤健太郎が中学生には全く見えず。もっと適役居なかったのだろうか?結局微妙のままエンドロール。世代だけの問題ではないだろう。
秋田汐梨を知ったのだけはよかったかな。
私と契約して、向こう側に連れてってよ!
ジャンル的には“青春ドラマ”となっているんだけど、果たしてこれを青春ドラマと呼んでいいのだろうか。
一応確かに青春ドラマではあるんだけど、かなりア・ブ・ナ・イ、ダークな青春ドラマ。
なかなかに理解や共感し難く、もし青春時代に見ていたら、それこそ衝撃や価値観変わるような…。
周りを山に囲まれた寂れた田舎町。こんな町でずっと暮らし続けるのは地獄。そんな息の詰まる日々を送る中学生の春日。
これが秀才だったら周囲を見下す考えも分からんではないが、はっきり言ってそれほど優秀ではない。内向的で、平凡以下。
唯一の心の拠り所は、ボードレールの詩集『惡の華』とクラスのマドンナ、佐伯。
教室に忘れた本を取りに戻ったある日の放課後、偶然落ちた佐伯の体操着を盗んでしまう。
心底後悔するが、さらにそれを見られてしまう。絶対に見られたくない相手に…。
クラスの問題女子、仲村。
クラスの誰とも関わらず、先生にも暴言。「うっせー、クソムシ」。
弱みを握られた春日は、仲村から変態的行為を強要される契約を結ぶ事に…。
「変態としての作文を書け」
「盗んだ体操着を着て佐伯さんとデートしろ」
「初デートで初キスしろ」
仲村さん、お、お戯れを…!
服を脱がせて春日に佐伯の体操着を着させる。
何かのプレイのように上に乗っ掛かり、殴ったり、突き飛ばしたり…。
それらだけでも生き地獄だが、さらに過激で卑猥なのが台詞。
「ド変態」「クソムシ」は普通。
「グッチョグチョ」「ビッチョビチョ」「ドッロドロ」
「カス」「ゴミ」「クズ」「セックス」「ムズムズ」
「身体の下の方の中の方が…」「パッツンパッツンに膨れ上がってる」
…などなどなど。
変態さん、いらっしゃ~い!
キラッキラ青春のリアリティー0のファンタジー胸キュンラブストーリーもある意味地獄だが、それとこれと果たしてどっちがマシなのだろう…?
本気で考え込んでしまう。
伊藤健太郎のヘタレっぷりや変態怪演も天晴れだが、やはり玉城ティナ。
『Diner/ダイナー』ではMだったが、こちらでは「春日く~ん」と可愛い顔してドSの女王様!
突然現れたり、冷笑を浮かべたり、見下したり、もはや戦慄級。
ひょっとしたら世の中には、彼女の下僕になりたい男性諸君は少なくないのでは…?
二人の怪演には文句は無い。強いて言えば、全く中学生に見えない事…。幾ら何でも無理が…。
(それにしても、過激で卑猥な台詞を言いまくる玉城も強烈だが、幾ら原作があるとは言え、胸に響く青春アニメ映画を数多く手掛けてきた岡田磨里が脚本というのも個人的に驚き…!)
黒板に自らの行いを書き殴り、教室中を墨汁で撒き散らす。
理性の崩壊、思春期の危うい衝動、えぐり出される暗黒面…。
ひょんな事から佐伯と付き合う事になるが、真っ白だった彼女もやがて黒く染まっていく。秋田汐梨も印象的。
が、春日の空っぽである自分の告白から関係が…。
そんな時春日が思い悩んだのは、佐伯ではなく、仲村。
ある時彼女の家を訪ね、彼女のノートを見てしまう。
仲村も自分だったのだ。…いや、自分なんかよりずっとずっと、生きづらさを抱え込んでいた。
そんな彼女を自分は、“向こう側”に連れて行けなかった。こんなウ○コまみれのゴミ溜めのようなこの町から抜け出す“向こう側”へ。
再契約。そして夏祭りの夜、ある事件を起こす…。
本筋は中学時代だが、引っ越した後の高校時代も挿入。
本が切っ掛けで、春日はまたしてもクラスのマドンナ的の常磐といい仲に。
彼女が密かに書いている小説の主人公が、まるで自分なのだ。
あれから仲村とも佐伯とも会っていなかったが、偶然佐伯と再会。辛辣な言葉を投げ掛けられるが、彼女から仲村の居場所を教えられ、会いに行く事を決める。
仲村や過去ともう一度きちんと向き合い、逃げず、常磐と生きていく為に。
元々原作の大ファンだったという井口昇監督。
怪作カルト作多く、本作も一見そう見えて、ただのそうではない。
開幕、辛辣な言葉で始まるが、監督自身もそんな悶々とした青春時代を送っていたのではなかろうか。
そんな時出会った、この原作。
自分自身に重ね合わせた負の部分だけではなく、ラスト、見出だした“向こう側”に、井口監督の温かく優しい眼差しを見た。
春日にとっての仲村もそうではなかろうか。
ドSの女王様と思いきや、自分を“向こう側”に導いてくれた“ミューズ”。
意外と奥が深い話だった
自分は他人とは違うと思っていた春日。
彼のある秘密を握った仲村。
仲村に脅されて無茶なことをやらされる春日。
しかし、春日は仲村と関わっていくうちに彼女が望むことをやっていきたいと思っていくようになった。
仲村の望みは、向こう側にいくことだった。
春日の協力して向こう側にいこうとしたが、その望みは叶わなかった。
春日は、それからも仲村のことが気になり、過去から逃げないためにも彼女に会いにいた。
そして、春日は自分で自分の答えを見つけたという内容だった・
見方によっては、仲村は自分の信のようなものがあるような強い人にも、世界はあのちっぽけな街にしかないと思っている弱い人にもみえました。
結局のところ、人はからっぽのような気がします。
からっぽだけどなんとか生きている人が多いのではないかなと思います。
玉城ティナさんの演技がすごい。「ダイナー」を見た後なので余計に思った。
キャラが変わりすぎていて、驚いた。
挑発されて触発されてすっかりいい気分♨️
伊藤健太郎くんの「へっ?」っていう天然ぽいなかなか見応えある演技と玉城ティナさんの透明感ある美しさと存在感にじわり引き込まれ、次はどうしてくれるの?もっとお願いします!って独り静かに盛り上がり続ける自分がいた。
いたずらに熱くならない淡々としたストーリー展開、脚本がいいネ
頭であれこれ考えるより映像と俳優たちの呼気から官能で感じ取る映画なんだと思った。
楽しませて頂きありがとうございました😉
長い。主題歌がお勧め。
長かったです(笑)まだ終わらない、まだ終わらないと思ってしまいました。
年齢的に中学生役はちょっと無理があったかもです。
なんだその終わり方!って思わずツッコミました(笑)
ただ主題歌は良かった。
リーガルリリーは大好きなバンドでハナヒカリも世界観にピッタリでした!
おじさんも見に行っていいのかな?
このような中高生が主人公の映画に、私のようなおじさんが見に行ってもいいのかのと最初は気が引けたが、劇場に行ってみるとおじさんやおばさんが結構いたので一安心だった。あとでよく考えてみたら、平日昼間だったので中高生がいる訳なかった。
それはともかく、玉城ティナの魅力に圧倒された映画だった。
冒頭、この町の看板はどれもみな錆びていると言う主人公のナレーションがあるが、そこは私の生まれ育った町だ。「そうかもしれないが、もちろん最初は錆びてなんかいなかったんだよ」と、原作者の押見修造に言いたい。
玉城ティナは、この映画のように眼鏡をかけたほうが一層きれいだと思った。
自分が中学生の頃に戻れて、自分の後の席に玉城ティナみたいな女生徒がいたら、ドキドキして勉強なんか手につかないだろうな。
ストーリーとしては、はっきり言ってよくわからなかった。また、彼女を含め他の出演者も、絶叫型のセリフが多く、やや引いてしまったシーンが多かった。
演出について不満な点が1つ。中学生から始まり、高校生に移って、また中学生に戻り、最後は高校生で終わる時系列であったが、時系列を戻さなくてもよかったのではないか。特に、高校生になった主人公が佐伯さんと再会して、あれ以来主人公が仲村さんと会っていないという会話があった。そのあと中学生に戻って、八木節の夏祭りでガソリンをかぶって心中(自殺)しようするシーンになる。クライマックスだったのに、自殺は未遂になることが先ほどの会話でわかってしまい、言わばネタバレを教えられたことになってしまったので、ドキドキ感が半減させられた感じだ。
あと、「クソ」という言葉を何十回も聞かされるのは、私のようなおじさんにとっては気分のいいものではない。
もっと変態だと思っていた。 でも劣等感と優越感に揺れ動く話だった。...
もっと変態だと思っていた。
でも劣等感と優越感に揺れ動く話だった。
そして、バタイユやら澁澤やら、もしかしたらどストライク?と期待したがちょっと違っていた。
もっとドロッとした内面や目覚めて行く様の高揚感、まだまだ足りない感じがした。
内容的に、もっとドキドキさせて欲しかった感が残る。
悪くはないが、見る人を選ぶ…かも
原作のマンガは連載当時にほぼリアルタイムで読了。ボードレールの方はもちろん未読ww
原作がインパクトがあるシーンが多いので映像化そのものは難しくないと思っていたけど、実際に実写化されたものを見ると「痛い」部分がやはり目立つのはやむ得ないところか。
何しろ主人公3人が、少し病んでる本にしか興味を示さない内向的な少年と、倫理観が欠落した破壊衝動を内包した厨二病の少女と、世間知らずの優等生だが精神的に不安定な少女だから、その「痛さ」は「違和感」となって、ダイレクトに観客に伝わってくる。それに耐えられるかどうかが、この映画への評価になるんじゃないかな。
見る前から「原作のどこまでを映画では使うのか」と考えていたら、まさか最後までとは思わなかった。その割には上手い端折り方だったとは思う。
どうせならあと1時間くらい延ばして3時間くらいの長尺にすれば、もっと分かりやすくなったかも。
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