「コミックブックと現実世界」ミスター・ガラス 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
コミックブックと現実世界
ニーチェは超人思想を説いたが、ニーチェの超人は知力や体力が飛び抜けて優れていたり、特殊な能力を持っている訳ではなかった。既成の価値観に捉われることなく、自由な精神で自分の価値観を生み出す意志の持ち主のことであった。
しかし現代の超人は、大抵が特殊能力の持ち主で、要するにスーパーマンである。新しい価値観を生み出すことはなく、既存のパラダイムに従っている。つまり退屈な人間が生み出した、現代社会で認められて評価されるヒーローだ。物語にするには強すぎてもよくないから、ほとんどのヒーローは何らかの弱点を持つ。
さて本作は二重三重に複雑な映画である。サラ・ポールソン演じる精神科医が単にアホな精神科医でないことはすぐにわかるが、その他の登場人物も、見た目通りではない感じである。ヒーローたちがそれぞれに弱点を持つのは王道に従っているし、アクションや暴力も本物だが、彼らの真の意図がどこにあるのか、ストーリーが進んでもなかなか掴めない。精神科医の狙いも単に彼らの思い込みを裸にするだけではなさそうだ。
登場人物の台詞に頻繁に登場するのがコミックブックという言葉である。マンガが世界にどんな影響をもたらしたのか、あるいはマンガは現実世界にとってどのような意味を持つのかが繰り返し語られる。
そこそこ面白い映画ではあるのだが、ストーリーは一本調子だし、登場人物たちが互いに騙そうとしていることが観客に伝わるようにしているのがわかるし、最後の場面にも驚きはなく、「でしょうね」と思うだけである。感動もない。そして、わざと感動させないようにしているような演出の仕方に、かなりの疑問を抱いてしまう。
コミックブックのありように踏み込んだアイデアはなかなかよかっただけに、仕上げ方に恨みの残る作品というのが正直な感想だ。