劇場公開日 2019年11月15日

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「「すべての眠れぬ夜に捧ぐ」」殺さない彼と死なない彼女 R41さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「すべての眠れぬ夜に捧ぐ」

2024年6月29日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

この作品は漫画の実写化のようだ。
「死ね」とか「殺すぞ」を連発する彼、小坂 「死にたい」を連呼する彼女、鹿野なな
言葉とは逆となっているタイトルは、結果を意味しているのだろうか?
同級生女子に先輩と呼ばれる小坂はサッカーで足を怪我して高校留年していた。
小坂にとって唯一情熱を注ぎ込めたサッカーを断念することは「死」を意味したのだろう。
高校生活のすべてのすべてに興味を削がれていた。
そんな小坂が興味を示したのが、蜂をゴミ箱に入れる行為を許せず、ごみ箱をあさって蜂を拾い上げた鹿野だった。
鹿野はクラスでもリストカットで有名だった。
小坂は思う。
「命を大切に扱うのに、死にたい彼女に興味がわいた」
人は絶えず自分自身に自問自答を投げかけながら、必死で自分の痛い場所を隠そうとする。それが見えないでいる。
この矛盾というのか不条理というのか、それとも中二病と呼べばいいのか、特に多感な時期にある若者の思考に焦点をあてた作品。
鹿野の「死にたい」理由は、「雲に乗れないことを知ったから」
それとは逆に彼女の興味の対象が「命」であることは間違いなく、彼女は命について日々頭の中で自問自答を繰り返しているのだろう。
そんな鹿野に「死ね」とか「殺すぞ」「ブス」を連発する小坂。
小坂はあらゆる興味を失ってしまいながらも、死にたいと切望する彼女の心の淵を知りたかったのだろうか? それとも自分こそが世界で一番不幸だと思っていたのに、その上を行く不幸を持っている彼女の不幸の正体をつきとめたかったのだろうか?
また、
この作品には彼ら含め3つのカップルが登場するが、その片方の「事情」だけが明らかにされる。
つまりもう片方は「それ」を見て考える役割だ。
そしてそこに隠してあるアイテムが過去に起きた殺人事件の犯人だ。
犯人は動画サイトに犯行のことをアップしていて、「死」というものに特別な思いを持つ若者たちの間で密かに見られている。
一見すると3つの恋愛物語かと思うが、「君膵」と同じく思いもよらない現実の「死」が待ち構えている。
誰一人想像していなかった小坂の「死」 特に鹿野にとってそれはどうしようもない現実となる。
死というものが与える現実に打ちのめされるのだ。
さて、
冒頭 「すべての眠れぬ夜に捧ぐ」とあるのは、考えなさいということだろう。
考えてもわからないことは放っておくのが一番だが、それを考え続けるのは眠れない夜にぴったりなのだろう。
若者にとって、「生か死か」 この二択以外思い浮かばないのもわかる。
そのどっちかしかないと考えることが正しいと思えるのだろうか?
特に「死」に対するあこがれのようなものは、物語に出てくる「美しい死」「清らかな死」に代表されるように若者の興味を掻き立てるのだろう。
この誰もが体験することになる死を、この世で誰一人体験したことがないことが、若者を惹きつけるのだろうか。
逆に言えば、それを考えてしまうほど行き詰まっているのだろう。
これがもはやノーマル状態化しているのが現代だろう。
傷つきたくないことが自傷へとつながる。
一人は我慢できるけど、孤独には耐えられない。
自分とクラスメートが同じだとは誰も思わない。
それぞれの悩みに違いがある。
「雲に乗れないと知ったとき、世界に絶望した」鹿野 傍から見れば完全に中二病
まるでサンタクロースの存在と同じ
その想像力から生み出された物語を子供に与えておきながら、ある時平然と「現実」を突き付ける大人たち。
「与えておきながら、なぜそれを奪う」
どこかで聞いた言葉を思い出す。
サッカー選手になる夢を与えておきながら、それをつぶされる現実
大人にとっては代替案があるのだろうが、そのときの唯一無二のものが奪われる悲しさは、ペットの死のようにいつまでも心の奥底に澱のようになっているのだ。
その悲しみは、誰のものでもなく「私のもの」だ。
大人たちがどんな些細なことに見えても、傷つく事実があればそれこそが「私の真実」だ。
「私が死んでも世界は何も変わらない」
「俺はお前が死んだら少しだけ変わるな。この俺を少しでも変えられるんだから、それはすごいことだ」
この作品ではこのように鹿野の考える「死」に対し、正面から答える小坂の言葉がある。
この瞬間、鹿野のすべてが救われたのだろう。
この作品が言う「未来」への希望 選択 いまこの瞬間にそこに向かって変化した。
しかし、
最悪の事件
鹿野のすべてがひっくり返された。
しかし、すでに新しい未来に向かって変化し始めた鹿野には、彼女の最愛の彼の死さえも乗り越えられる力が与えられていたのだろう。
自分が死ぬこと以外考えたことがなかった誰かの死。しかも小坂の死。想像と真逆の立ち位置。しかもなぜかそれを受け入れられそうな感覚が自分の中に存在していることにささやかな驚きがある。
自分自身初めて感じた成長。その力は誰かを救う力になる。
作家はこの作品を通して、自分自身がハマってしまっている「思考」をもう一度考えてみてはどうですかと、若者たちに問うているのだろう。
同じ辛さを味わった大人たちは大勢いる。
同じような苦しみをもがいて、答えを出せないまま中年になっている人も大勢いる。
その痛みを、今宵眠れない夜にもう一度考えましょうということなのだろう。
若者たちの思考に焦点を当てつつ、ひとつのケースの一つの答えを提示している。
良い作品だと思う。

R41