「身近に憧れがいた時代。」mid90s ミッドナインティーズ すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
身近に憧れがいた時代。
○作品全体
本作が舞台になっている90年代は、憧れが身近に存在していた時代だ。プロスポーツ選手やアイドルといった「遠い憧れ」も存在していただろうが、近付くことは滅多にできないし、その憧れが自分自身のように弱い部分や本音をさらけ出すことはほとんどない。ネットが普及した00年代からはネットを通じて「身近な憧れ」たりえるほどの情報が大量に溢れ出し、目の前にある憧れの色味はやや薄れていく。
90年代は自分自身が身近に見つける「憧れ」の濃さが強い、最後の時代なのかもしれない。
そうした時代背景の中、主人公・スティービーはレイたちの姿を目にする。スティービー自身は兄にも敵わない存在なのに、レイたちは大人を相手にしても怖気付かない。そのうえスケートボードを乗り回し、街を闊歩している。自宅内でさえ末っ子として振る舞わなければならないスティービーにとって、自分の街で楽しそうに暴れ回るレイたちがどれだけ輝いて見えたかは想像に難くない。
レイたちはスティービーの世界を変えてくれる「ヒーロー」として現れるけれど、一方でそれぞれの弱さや不完全さを見せてくれる。身近に感じることができるその存在が、この時代にいた「憧れ」なのだと感じた。
しかしその身近な憧れと近づくことは必ずしも肯定的な要素だけではない。ルーベンとはコミュニティ内の力関係でギクシャクするし、ファックシットからは悪い遊びを色々教え込まれる。ただ、そうしたネガティブな要素もスティービーにとっては今まで経験したことのない出来事で、それが魅力的に映るのはすごく共感できた。いけない遊びを初めて教わった時のドキドキ感や、それを覚えた時の自分が成長した気になるような感覚は、自分自身の「近所のヒーロー」とともに過ごした時間を思い出したりもした。
本作はそういった、今まで埃をかぶっていた記憶のフタを開けるようなくすぐったさを感じられて、それがとてもよかった。
ラストシーンも凄くいい。レイたちと連んだことによって大怪我をするシーンでは悲しいラストになってしまうのかなと思っていたけれど、皆で過ごした時間を改めて見返すラストには「それでも一緒に過ごした時間は特別だったんだ」という強いメッセージがあって、心にグッときた。
セリフで何かを語るのでもなく、エピローグを見せるでもない。今までの時間を共に過ごした仲間が紡いだ、拙いビデオクリップを見せるだけのラスト。だけれど、なによりも饒舌に語る「この時間の特別さ」が、このラストがベストなんだと納得させてくれた。
○カメラワークとか
・時間に関する演出が印象的。序盤、スケートボードに出会って部屋のイメチェンをするスティービーのカットは、ジャンプカットを多用する。一方でレイからスケートボードを貰うシーンはたっぷりと時間を使って、二人の時間の密度の濃さを演出していた。
モノローグのない本作だけれど、時間の使い方に関してはスティービーが昔を思い出したような時間の使い方だった。スケートボードにハマった時は一気にのめり込んでいったから覚えていることが少ないけれど、レイとのかけがえのない時間は忘れていない、というようなスティービーの気持ちが重なった時間の演出だった。
・「スティービーの気持ちが重なった演出」といえば光や色収差の演出もそうだった。懐かしい風景を思い出すときのセピア調の代わりに、光のガウスや色収差が使われてていた。こちらもレイとのシーンで顕著だった。
○その他
・兄との距離感が絶妙。心優しい兄というキャラクターも好きだけど、自分の気に食わないことがあると嫌がらせしたり殴ったりするような兄というのもリアリティーがあって良い。本作はそのうえで実は弱い兄だったんだ、というようなキャラ付けをしているがまた良かった。
ラストでポケットから二人分のジュースを出す兄にウルっときた。ポケットからタバコが出てくる世界にいたスティービーを等身大に戻してくれるような芝居のアイデア。兄だから知る弟の好物だろうし、序盤で貰ったCDと同じく、相手の好きなものを想って持ってきたんだろうと考えたら凄く心に響いた。