「ちいさな独裁者を作り上げたもの」ちいさな独裁者 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
ちいさな独裁者を作り上げたもの
ドイツ映画らしい、白と黒がシャープな、モノクロに少し色がついたような映像は、この時代設定の作品にはとても合っていて良い。
デジタル加工された昔の写真のような、鮮明な暗さが人も世も荒れまくっていた雰囲気をよく表せてた。
脱走兵ヘロルトが、偶然見つけた大尉の軍服を着ることで変わっていく様を描いた、実話を元にした作品。
軍服の権力が持つパワーに飲み込まれ人間性を失ったというのが大筋で合っているだろうが、細かく見ていくとパワーに飲み込まれているのはヘロルトだけではないとわかる。
最初はただ軍服を着ていただけだ。そこにフライタークが現れ「大尉殿」と呼ぶ。それに応えるようにヘロルトは大尉のように振る舞い始める。
そのあとの村で、略奪をしている脱走兵に対し、酒場の主人は秩序を守ってくださいと要求する。自分が生き残るためにも人を殺せなかったヘロルトが、脱走兵を射殺することになる。
お次は囚人収監所のシュッテだ。彼は脱走兵や略奪犯である囚人を即決裁判で処刑したい。しかし自分にはその権限がない。そこで、それを実行できそうなヘロルトに対し要求をする。
やはりヘロルトはその要求に応えて処刑を実行する。
大尉の軍服に宿るパワーを利用したのは、それを着ていたヘロルトではなく、最初はフライタークが大尉の庇護下に入ろうと利用し、シュッテが即決裁判のために利用した。ヘロルト隊の面々は大尉がニセモノであると薄々わかっていながらそれを利用する。
そして、本来は持っていないパワーを行使し続けることで軍服の権力にだけ宿っていたパワーが、軍服を脱いだヘロルトにも乗り移り、気が付けば狂人ヘロルトの出来上がりだ。
人間性を失いおかしくなっていく人、最初からおかしい人、おかしくなることを強要される人、多くの人がおかしくなっていく中で最初のきっかけを作った人は誰だ?
大局では戦争を始めた人、とかあるだろうが、少なくとも本作の中だけに限っていえば「秩序を守ってください」と要求した、軍人ですらない酒場の主人だったのではないか?
つまり狂人ヘロルトを作り上げたのは一般市民である彼だったとも言える。軍人さんが権力使って無茶苦茶しましたなんて単純なものではない。
酒場の主人が「連行してくれ」と言えばそれで終わったはずなのだ。
エンドロールで、現代のドイツの街中でヘロルト隊の面々が一般人とおぼしき人を取り囲み、物を奪ったり服を脱がせたりしている映像が入る。
これの意味するところは正直よくわからなかったけれど、「彼らは私たちだ」という監督のコメントから、パワーに飲み込まれるな、狂人を作り上げるな、そして、自分で善悪の判断をしろと言っているように感じた。
しかしこれが実話ベースとは、終戦間際の混沌ぶりが透けて見えて面白いよね。
極端に言えば総統の名前を出してハッタリかませばまかり通るような混沌ぶりだし、二十歳そこそこの上等兵が大尉の振りしてバレない程に秩序なんてなかったんだろうな。