「ラストカットは、個人的にはちょっと。。。」Girl ガール maruさんの映画レビュー(感想・評価)
ラストカットは、個人的にはちょっと。。。
タイトル「Girl」が、全ての映像が終わって最後に出るのはすごいよかった。色んな出来事を経て「女」になった。
ただ、そこで(あれ?…じゃあペニスを切るシーンって最初から決まっていたのかな?)と思ってしまった。
トランスジェンダー(LGBTの「T」にあたり、一般的に性自認と身体的性が一致していない方全般を表す言葉)という、自分が「男なのか女なのか」という葛藤が、事細かに描かれている印象でした。
ムリヤリ服を着させられるので弟が「やめてよヴィクトル」とララの本名を言うシーンには、環境が変わって幼稚園に行きたくない弟の気持を察するララと、おそらく弟が物心つく前3、4歳までは「ヴィクトル」と呼ばれていて、ララは初経の始まる12歳頃に「私のことはララと呼んでね」と弟にお願いしたのだと思う。価値観を押付けてしまったというか、「自分の都合で周りが変化している」ことへの引け目も感じられる。
ララの周りには、トランスジェンダーに理解のある人々が比較的存在しているけれど、ララにとっては、「穏やかに成長を見守る」大人たちが「傍観者」に見えてしまっていたり、ホルモン治療の弊害で情緒が不安定になり、さらに思春期という時期も重なり極端な行動をとってしまう。
男だけど女であり、子どもだけど大人にならなければならない環境が、彼女をラストシーンのような極端な行動を取らせてしまう。
そこまでは、わかります。十分説得力のある気持の移り変りを映像で見せられたので全然わかります。が、ラストシーンありきで映画が作られているような気がして、未来(オチ)が決まっている作り方は、ちょっと…。
親父がかわいそうだし、弟もかわいそうだし、悩んでる本人が一番やりたいことをやっていて(やれていて)、そんな自分を罰するかのように、家族への贖罪かのように自分で『終らせる』。映画なので痛みを伴わない終り方でもよかった。綺麗事でも希望のある終り方でもよかった。マイノリティだからこそ、希望を。…の方向性が、個人的には好みでした。
ラストシーンへの伏線となる冒頭の『ある日突然ピアスを開ける』シーンは、ティーンエイジャーそのもの。
映画作りや映像の見せ方や物語の構成は本当にスゴい。だからこそオチくらいは、手を抜いてほしかった気もする。タイトル「Girl」が最後に出たのには痺れたけども。エモーショナルだけど全然エモーショナルじゃない、緻密に計画された論理的な映画。
「バレリーナを目指して」というのは、純粋な踊りへの興味もあると思うけど、女性らしい姿勢やしなやかさへの憧れもあると思うけれど、転校=環境を変えるための「理由」として、大義名分として必要だから目指しているのかなとも思えた。あらゆる手を尽くして「女」になろうとするララは、純粋に欲深くて身勝手で、それを自分で理解しているからこそ苦しくて。
鏡の前で自分と向き合わなきゃいけないけど、向き合う自分は「思ってる自分(女)」ではなくて、体も何も変わらない男の自分がいるだけで、それを突きつけられて向き合えなくて。
映画の中でララの逃げ道を全部塞いでしまい、そりゃあ、ラストシーンにはああいうことになりますよ、ってなもんで。そう仕向けた物語の構成は、好きになれない。せめて映画の中では救いで終わってほしかった。それでも☆5の素晴らしい映画。個人的に好きなオチではないので4.5。