劇場公開日 2019年4月5日

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「エロとナンセンスで笑い飛ばす」麻雀放浪記2020 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5エロとナンセンスで笑い飛ばす

2019年4月21日
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鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

 阿佐田哲也の文庫本は何冊か読んだことがある。本名の色川武大名義で直木三十五賞を受賞した「離婚」も読んだ。阿佐田哲也名義の本はすべて麻雀の本で、引っ越しの際に全部処分してしまったので読み返すことはできないが、いくつかのフレーズやシーンは頭に残っている。特に印象的だったのが、老人たちと麻雀を打つ場面で、金は賭けていないが別のものを賭けていると言う。それは体の一部を取ることだ。負けたら片方の腕か、片方の目か、また歯を全部取られるか。阿佐田哲也は牌を握りながら脂汗を掻いて震えてしまう。それを見て老人たちは「阿佐田哲也が震えている」と笑う。実は彼らは戦争で身体の一部を失った人たちで、それを利用して有名な雀士の阿佐田哲也に一杯食わせたのだ。

 麻雀のシーンは、麻雀を知らない人には意味不明だろう。昔は全自動卓などなく、手積みで牌を積んでいた。イカサマを防止するためにサイコロを二度振る。一度目はどの山から取るかを決めるサイコロを親が振る。数の割当ては東家(トンチャ)である親が一で南家、西家、北家が二、三、四となる。五以降は再び東家から回る。麻雀が東西南北ではなく東南西北なのは右側の人に親が移っていく周りを示しているからである。一度目のサイコロで自分の山から取ることになった人が二度目のサイコロを振る。何度か出てきた二の二の天和(テンホー)というシーンでは、親が二を出し、南家も二を出して、合計の4山(8牌)を残して南家の山から配牌を取る。親と南家が協力して積み込めば、天和で上がることが可能だ。

 麻雀の解説はそれくらいで作品についてだが、幾多の突っ込みどころをすべて飲み込んで観れば、そんなに悪くない。昭和風のエロとナンセンスがオリンピックを笑い飛ばすところが特にいい。政府側の悪徳政治家がピエール瀧というのも、いまとなってはブラックジョークだ。実際の東京オリンピック組織委員会の森喜朗のほうは、国民の税金を思い切り無駄遣いしているから、ピエール瀧の何千倍も悪党である。
 冒頭では思い切りのいい暴力シーンの演出が冴えている。国家主義に戻った日本で警察官が反体制の人々を直接的な暴力で弾圧するプロットも面白い。その一方でオリンピックが中止となった不満を持つ大衆に対して、麻雀大会を開いて誤魔化そうとしているところは、目先を変えてはぐらかすアベ政治とそっくりだ。オリンピックよりも麻雀のほうがずっと面白いという価値観は洒落が効いている。
 役者陣はそこそこ健闘している。斎藤工はエキセントリックな役柄を上手にこなしていたし、竹中直人は名人だ。しかし的場浩司のドサ健だけはハズレ。小説のドサ健はもう少し人間に深みがあった。ベッキーは演技に難があるのを無表情なAIの役にすることで、逆に妙な色気が出たところがいい。脚を舐めるように映すシーンはフェティシズムを刺激する。ベッキーはやっぱり脚だなあと、変な感想を思ってしまった。

耶馬英彦