「ソーシャルイノベーションの教科書のような映画」パッドマン 5億人の女性を救った男 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
ソーシャルイノベーションの教科書のような映画
ソーシャルイノベーションの教科書のような映画である。
以下は本作のモデルとなった“パッドマン”本人を紹介する動画である。本作の理解の一助となる。
https://youtu.be/-bVkk3TcEb8
ほか、TEDの動画もおススメ。
「どうやって私は生理用ナプキン革命をはじめたか!」
https://www.ted.com/talks/arunachalam_muruganantham_how_i_started_a_sanitary_napkin_revolution?embed=true&language=ja&utm_campaign=tedspread&utm_medium=referral&utm_source=tedcomshare
パッドマン=ラクシュミは妻ガヤトリを娶り、幸せな生活を送っていた。ある日、生理中の妻がボロ布のようなものを洗って干しているところを見る。
これに驚いたラクシュミは薬局でナプキンを買うが、非常に高価だった。
ラクシュミはナプキンの自作を始める。
妻を想ってナプキン作りを始めたラクシュミ。
しかし、壁は技術的なこと以上に、インドの人々の意識や因習にあった。
当地において生理は「穢れ」「忌むべきもの」と捉えられ、生理期間中の女性は家族からも離れて暮らす。そして女性であっても、生理のことを口にすることすら避ける風潮があった。
一方で、不衛生な生理用品を使うため病気になり、若くして子供を産めない身体になる女性もいるという。
ラクシュミがおこなったことの意義は、単に安価なナプキンを作って、女性の、生理における衛生環境を向上させたということには留まらない。
何よりもまず、女性たちに雇用の場を提供した、ということ。
上記の通り、インドでは生理の話題は嫌われる。ラクシュミがそうであったように、男性が関われば「変質者扱い」すらされる。
そこで女性の出番だ。ナプキンの製造や販売を女性たちの活躍の場としたのだ。
貧しい農村地域では、子供を学校に行かせることが出来ないこともある。しかし母親は、たとえ家計が苦しくても子供には教育を受けさせたいと願っていることが多い。
本作でも収入を得た女性が、「これで子供を学校に通わせられる」と言って喜ぶシーンがあった。
インドは男尊女卑の価値観が色濃い。家計は男が握っている(女性にはカネ勘定が出来ないと思っている男性も多いのだろう)。
女性が仕事を得る、ということは、女性も家計に口を出せるようになるし(上述の通り、それは就学率の向上効果につながる)、何よりも女性の社会参画、社会的地位の向上を促すことになる。
また、本作のストーリーを追えば、男性だけでは出来ることが限られる、ということも分かる。社会的な課題の解決には、女性の助け、女性ならではの視点が不可欠であったことも示されるのだ。
この映画の価値は、こうした社会課題解決のプロセスを、笑いあり涙ありのエンターテイメントとして成立させたことにある。
本作の関心が社会課題解決にあることは、中盤、物語の転機となる工科大学のアイデアコンテストでの審査員のスピーチを初めから終わりまで流したことでもわかる。
そのスピーチはまさしく、ラクシュミのおこないを価値付ける役割を担っていた。
クライマックスはラクシュミの国連でのスピーチだ。
彼の英語は、ものすごくブロークン。というか単語の羅列。それでも、伝えたい想いの熱さが、スクリーンのこちら側にも届き、揺さぶられる。
所有ではなく共有、そして競争ではなく共創、みんなで自分たちの生活をより良くしていこうというメッセージが胸を打つ。
そこには信念があるからだ。
“世界一貧しい大統領”ムヒカ大統領(ウルグアイ)のリオでのスピーチも思い出させた。
https://youtu.be/F7vh7eQUtlw
メイカーズ革命の視点も触れたい。
モノを作って売る産業は、大規模な工場を建設し、大量にモノを生産することで「規模のメリット」を生かし、大量のモノを安価に市場に投下することで国家規模のマーケットを支配してきた。
ところが、今作でラクシュミが試みたのは、少ない資本で小規模の工場を作り、小さな地域で製造、販売するエコシステムを構築する、というものだ。
(ちなみに、こうした手法はラクシュミが事業をスタートした時期からやや遅れて3Dプリンタが比較的安価になり、さらに拡大した)
つまり、それまでは巨大資本を持つ大規模メーカーがもっぱらおこないえた「製造業というビジネス」が、より小規模に立ち上げることが可能になったのである。
大工場を建設する資金も必要もなければ、大量の労働者を雇う必要も、大量生産したモノをさばく流通網や営業部隊を作る必要もない。
このような観点からも、ラクシュミが実現したことは革命的なのである。
日本に住んでいると、すべてが成熟し、あらゆるモノが、あらゆるところに行き渡ってしまっていると思いがちだ。
だが、世界は広く、そして共感と気付く目を持って見れば、この世界に解決されていない課題はまだまだある。
課題があれば、その解決はビジネスチャンスとなり、同時により良い社会を作ることにつながる。
目を開け、そして、この世界をより良いものにするために、少しでもアクションしよう、とこの映画は伝えているのだ。
困難に立ち向かう主人公のバイタリティに元気をもらいつつ、大いに笑って泣ける。加えて、主人公を取り巻く女性が美女揃いで見惚れるほど。インド映画お約束の歌や踊りのシーンもあり、長めの尺だが、たっぷり楽しめ、かつ、この世界の行末を考えさせられる。優れた1本。
高校生、大学生に観せたい(特に男子)。