「理想のクチュリエール」サイゴン・クチュール Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
理想のクチュリエール
「アオザイ」とは、ベトナム風チャイナドレスなのか。
身体のラインがくっきりして、セクシーな衣装である。
これが正装というのだから、“たしなみ”に対する日本との感覚の違いに驚く。かの暑い国では、こういう“色気”もナチュラルなのか。
このアオザイを身体にぴったり合うように作るためには、なるほど、仕立てをしっかり勉強しなければならないだろうし、“秘伝”が必要かもしれないと納得したのである。
ファッションにおいて、当世風のアレンジによって、様式がリバイバルすることは普通のことだろう。
しかし、2017年の売れっ子のヘレンは、「1960年代“風”」のデザインすら満足に思いつかない中で、クライアントから仕事を引き受ける。
ヘレンは、あの手この手の上っ面だけのデザインで、次々と流行を作りだして商売している軽薄なモード業界の象徴として、皮肉られているのかもしれない。
一方、ニュイは、時間移動することで、“本物の”1960年代のモードを、2017年に持ち込む。
さらに、母の“秘伝書”によって、“本物の”アオザイの仕立てを身につける。
そして、「伝統のアオザイ」・「1960年代」・「2017年」の、すべて“本物”の間で化学反応を起こしてヘレンに勝利するのだ。
アオザイに、“(ネオンのような?)錯覚を起こすような幾何学柄”を入れるという斬新なデザインで。
「タイムスリップ」とはベタな話だが、そのことで“理想のクチュリエール”になれたという、面白い物語だと思う。
また、ファッションというビジュアルだけでなく、流れるレトロな感じのポピュラー音楽も、なかなか楽しかった。
ただ、固有名詞が分かりづらいのには参った。台詞がどうであれ、字幕上の呼称は工夫すべきだ。
若い「ニュイ」と48年後の「アン・カイン」は同一人物だし、「タン・ヌー」は店の名前で、名人「タン・ロアン」は母の弟子、おそらく「ヘレン」と「トアン」は姉弟でロアンの子供だ。
なお、この映画は1969年の“サイゴン”が一つの舞台であるが、ベトナム戦争の真っ只中なのに、その雰囲気さえ感じられないのは、意図的だと思うが、不思議な感じだ。
「サイゴン“陥落”」は1975年だから、ニュイが“ヨーロッパかぶれ”に振る舞っているのは、郷愁を誘う姿なのかもしれない。