「もう一度観たくなる人情喜劇の傑作」記憶にございません! 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
もう一度観たくなる人情喜劇の傑作
傑作な人情喜劇である。役者陣は達者な演出のおかげなのか、お笑い芸人も含めてみんなよかった。特に小池栄子がいい。映画でもドラマでも脇役ばかりの女優さんだが、シーンを盛り上げることにかけてはピカイチである。本作品でもそのポテンシャルを惜しみなく発揮して、中井貴一のコミカルな演技とディーン・フジオカのシリアスな演技を盛り立てる。演じた番場のぞみは表情豊かに観客の感情移入を誘い、作品の世界観をリードしていく。このキャラクターを思いついたのは流石である。観客は番場のぞみが喜ぶときに喜び、心配するときに心配していれば、楽しくこの作品を鑑賞できる。
小池栄子をはじめとする女優陣の演技は典型的でわかりやすい。喜劇ではわかりやすさが大事である。それにある程度のオーバーアクション。吉田羊や木村佳乃の演技はまさにそれで、三谷監督の演出が冴えている。有働由美子は一瞬誰かわからなかったが、アンカーウーマンとして変に色っぽいところが笑える。キャスターはこうでなければならないといった既存の価値観を壊しているところがあるから、有働由美子としては演じていてさぞかし痛快で楽しかっただろうと思う。
そして中井貴一や佐藤浩市の演技は堂に入ったものだ。古くは「壬生義士伝」での共演があり、最近では直接の絡みはなかったが「空母いぶき」にふたりとも出ていた。政治的な発言は殆どないが、表現者に共通する、強権に確執を醸す志みたいなものは二人ともに感じられる。それは作品の強さにも通じるところがあって、当然ながら監督脚本の三谷幸喜にも、時代のパラダイムに反発する自立心があるだろう。それが世界観の芯になっているから安心して笑えるのだ。いつの世も喜劇は世の中を笑い飛ばすスケールの大きさが求められる。
三谷幸喜と中井貴一と佐藤浩市。この三人の広い精神性の上で小池栄子をはじめとする女優陣を自由に遊ばせることで、この作品が政治的かつ社会的な広がりを獲得したと言えるし、観客はそのスケールの大きさの上で安心して笑える。パラダイムを笑い飛ばすのは誰にとっても痛快なのだ。もう一度観たくなるいい作品である。