「奥行きのある名作」ラストレター 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
奥行きのある名作
言葉が大切に扱われる映画である。話された言葉、紙に書かれた言葉。日本語の言葉、英語の言葉。言葉選びはとても大事で、例えばこの作品では「重い」という言葉が上手に使われるシーンがある。「あなたの親切は却って迷惑です」と言うと身も蓋もないが「あなたの親切は私には少し重いのです」と言えば、親切は有り難いがこちらにとっては負担でもあることを伝えられる。「迷惑」と「重い」とでは言葉の攻撃力が異なるのだ。
言葉を大切にする登場人物の中で、言葉に頓着しない代表として庵野秀明演じる漫画家を登場させることで、言葉の選び方を対比させたのではないかと思う。それと仲多賀井高校という名前。これは実在なのか洒落なのか、それともふざけているのか解らないままだが、高校の名称としては印象的であることは確かだ。宮城県には多賀神社や多賀城市があるから何か関係があるのかもしれない。二頭のボルゾイの名前はボルとゾイに聞こえた。言葉を大切にするとともに言葉遊びをしているところに余裕があり、観客の気持ちをニュートラルにしてくれる。自然体で観ていられるのだ。
広瀬川をはじめとする仙台の美しい風景が物語の背景となる。時期としてはおそらく七夕まつりが終わった頃だろう。祭りの後の微妙に気だるい気分と夏真っ盛りのうるさいほどの自然とがぶつかる狭間をストーリーが静かに進んでいく。ショパンの有名な練習曲が流れ続けているような、観ていてとても心地のいい作品である。穏やかな水の流れに漂うように映画の時間が過ぎていく。
広瀬すずが進化したと感じた作品でもある。一人二役の美咲と鮎美とで僅かに表情や声のトーンを変えていて、幸せな少女時代を過ごした美咲とそうではなかった鮎美との違いを浮き上がらせる。この困難な演技を広瀬すずは楽々とこなしているように見えた。大変な集中力だ。
手紙を中心に、優しい言葉、真実の言葉が縦横無尽に行き交う。ひとつひとつのシーンがとても大事に丁寧に作られているのが解る。飾らず、誇張もせず、嘘もつかず、ただ朴訥に正直に発せられた言葉が記憶を呼び覚まし、その時の感情も呼び起こす。涙が自然に溢れ、遺影がぼやける。少女たちとおじさんのシーンだ。年を経た乙坂鏡史郎が慟哭を心の中にしまい込んで、ただ静かに泣いているシーンには心を敲たれた。福山雅治は役者である。
どんなに酷い男だろうと思っていた阿藤が豊悦で少しホッとした。意外なことにこの男さえも真実を語る。一体何があったのか。
もう一度観てみたい気もするし、一度きりの鑑賞を大切にしたい気もする。色々な仕掛けがあるように思ったが、それらを明らかにしても映画の深みが増すわけでもない。予備知識なしで鑑賞するべき作品だ。ハラハラと泣けて、時々クスッとできる。悲惨な部分はすべて観客の想像に任せ、作品として可愛らしくまとめた印象だが、見せるところと見せないところの二重構造になっている。奥行きのある名作である。