「大きな社会情勢を,小さな家の中に再現」サンセット f(unction)さんの映画レビュー(感想・評価)
大きな社会情勢を,小さな家の中に再現
分かったことを書くが,よくわからない部分も残っている。
ある程度まで分かったが,理解したとは言えない。
【ポイント】
① 生家である帽子屋を奪われた主人公イリス
=オーストリアに支配される国土を取り戻そうとするマジャール人
② 帽子屋の現在の主人,ハプスブルク家に取り入るマジャール人ブリル・オスカル
=ハプスブルク家に奉仕するハンガリー政府
③ 帽子屋の奪回,ブリル・オスカルの殺害
=ハンガリーの国土をマジャール人の手に取り戻す
④ イリスの男装,第1次世界大戦の塹壕から観客に視線を向けるイリス
=????
【解説】
当時ブダペストは,ハンガリー王国の首都であった。
ハンガリー王国の政府や議会は,マジャール人によって構成され,名目上はマジャール人がハンガリーを自治しているようにも見えた。
しかしハンガリー王国は,あくまで「オーストリア=ハンガリー帝国」の一部であった。ハンガリー王国の「王」とはあくまでハプスブルク一族から輩出された王である。オーストリア皇帝が,ハンガリー国王を兼任していた。
ハンガリーの頂点に君臨しているのはオーストリア人の皇帝であり,オーストリア人の属するゲルマン系の民族,ドイツ語を話す民族であった。
マジャール語を話すマジャール人は,被支配階層の民族であった。
cf. 1867年アウグスライヒ(妥協)
「オーストリア帝国」が「オーストリア帝国」「ハンガリー王国」に分割され,オーストリア帝国は「オーストリア=ハンガリー帝国」へと移行した
この映画は,1913年当時のハンガリーにおける「マジャール人」「ハンガリー政府」「ハプスブルク家」という3者の大きな関係を,「主人公レイター・イリス」「ブリル・オスカル」「オーストリア皇太子夫妻」という小さな関係に置き換え,レイター帽子店という小箱の中に再現している。
翌1914年にはサラエヴォでセルビア人民族主義者によってオーストリア皇太子夫妻が殺害されるが,この映画ではブダペストにおいてマジャール人民族主義者によるオーストリア皇太子夫妻の殺害計画を匂わせることによって,サラエヴォ事件が予見されている。第1次世界大戦直前の不穏な空気を再現するとともに,マジャール人をはじめとする民族主義の国際潮流をもまた現出してみせた。
【解説】
主人公は,マジャール人(ハンガリー人)の若い女性である。
名前を「レイター・イリス」という。
マジャール人の名前というのは「姓→名」という順番で並んでいる。
これは日本人の氏名の並びと同じだ。
彼女の生家は帽子店で「レイター帽子店」という。
彼女の姓が「レイター」だから,帽子店の名も姓を冠しているというわけだ。
だが彼女は2歳のときに両親を失っている。
火事だった。その原因(事故/事件)は明らかになっていない。
(が,もしかしたらイリスの兄が父母を殺したのではないか?という可能性が劇中でそれとなく示唆される)
幼い彼女がどこに預けられたかは知らないが,映画の開始直前時点では,イタリアの都市「トリエステ」の帽子店に勤務していたという。
映画の時代設定は1913年である。
翌1914年には第1次世界大戦が勃発する。
トリエステは大戦後にイタリア王国の一部となるが,映画の時点ではオーストリア=ハンガリー帝国領である。
しかしイタリア人にとっては自分たちの土地であり,ハプスブルク家から奪還したい土地の1つであった。
そのためトリエステという土地は,もしかしたら当時情勢が不安定で,そのためイリスはより確固たるものを求めていたのかもしれない。
イリスはどういうわけか,トリエステの帽子屋での勤務を辞め,生家であるレイター帽子店に職を得ようとする。
だが主人公は歓迎されない。初めは帰れと言われるし,あとあとかろうじて職を得るも,あまり帽子店の深いところまで関わるということにはならない。
レイター帽子店はブダペストにある。
この帽子屋はただの帽子屋ではなく,超高級帽子店である。
ハプスブルク家にも,イリスの父母の代から帽子を献上している。
オーストリアやハンガリーの貴族御用達の帽子屋である。
父母の死後,ブリル・オスカルという男が店を切り盛りしていた。
「オスカル」というのは,姓ではなく名前である。
つまりブリル・オスカルもまた,マジャール人だということになる。
ブリル・オスカルは帽子をハプスブルク家に献上するのみならず,そこで勤務する若い女性たちも捧げていた。
マジャール人であるイリスは自分の生家を別のマジャール人に奪われ,そのマジャール人はオーストリア帝国に取り入っている。
この構造は「国土をハプスブルク家によって支配されたマジャール人と,ハプスブルク家に取り入って体制を維持しようとするハンガリー政府(ハンガリー貴族)」という構造と類比的である。
当時オーストリア=ハンガリー帝国は,オーストリア帝国とハンガリー王国に分割され,ハンガリー王国はマジャール人の政府や議会が統治していたが,君主として君臨するのはハプスブルク家であった。
終盤,主人公の男装が何を意味するのかはわからない。
また,主人公の「まだ見ぬ兄」にも何か象徴的な意味があるのだろうか。
【メモ】
・『レヴェナント』冒頭の戦闘シーンとの類似
・『ROMA ローマ』との類似....1人の人間の背後に時代の大きな流れ
2019年3月20日