「芸術よ人よ自由であれ」ある画家の数奇な運命 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
芸術よ人よ自由であれ
実在の画家をモデルにした話である事も、その画家についても知らず、フィクションとして鑑賞した。
戦時戦後のドイツにおける様々な悲劇と芸術家の苦悩の物語だが、サスペンスやラブロマンス、青春映画のテイストもあり、重すぎず、飽きさせず、3時間の長尺も苦にならない。
ふとしたエピソードや台詞が、後になってしっかり物語に絡み、きちんと回収されていく脚本が巧みで、後味もスッキリ。
歴史事実の描き方も簡潔で解りやすい。恐ろしく、悲しく、けれどやり過ぎな程でもない。
まるで絵画のような構図、光と影のコントラスト等、映像も大変美しい。
強いメッセージ性もありながら、娯楽としても受け入れられ易い、非常にバランスの良い作品。
優性保護法は日本でも施行され、断種の大義名分の元に、障害者や精神病患者の中絶や不妊化手術が行われた。現在でもその不当性を訴える裁判が行われ、時折話題に上がる。近年の大量殺人事件、コロナ禍の世論などに垣間見られるように、弱者や異端者の切り捨てを正当化する思想は、過去の異国のものではない。
これらの、効率や生産性を重んじる思想が落とす影が、様々な形で、繰り返し写し出される。芸術の意義、性、友情、娯楽。実を結ばぬ草は塵芥だろうか。美しいだけの花は何も育まないのか。人が生きる事の喜びとは。
思想に属するな。自由だけが芸術の母体だ、と教授が言う。ナチスドイツ下で、国家民族を鼓舞するものとしてしか許されなかった芸術が、戦後の社会主義下でも、労働奉仕の讃歌としてのみ扱われ、同様の抑圧を受けるというのは興味深い。
そして自由の元では、何をどう表現するのも自己責任。途方に暮れずに我を確立するには、自己に向き合い探求するしかない。本来芸術とは極めてパーソナルなもの。それが、受け手のパーソナルと響き合った時、無作為の数字が意味を持つように、初めて意味あるものになるのかも知れない。無意識のクルトの絵に、追い詰められた医者のように。
幕引き、死したエリザベトの見つけた世界の真実は高らかに鳴り響き、クルトの内に引き継がれ、芸術に乗って、永遠となる。
世界の完成。これぞ、物語を辿る旅路のカタルシスだ。