劇場公開日 2020年6月5日

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「トラウマ  暴力によって蹂躙されるアメリカ」ポップスター レントさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0トラウマ  暴力によって蹂躙されるアメリカ

2025年3月13日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

知的

難しい

アメリカ社会が暴力と破壊に満ち溢れた時代に少女は育った。少女の名はセレステ。「天空」「青空」の意味を持つその名の通り彼女は天上を目指して羽ばたいてゆく。

彼女が通う学校で凄惨な銃乱射事件が起きる。彼女も撃たれるが奇跡的に一命はとりとめる。被害者の慰霊の場で彼女が姉と共に歌った歌が異例の大ヒットをしたことから彼女はあこがれの歌手への階段を登っていく。

本作は二部構成で第一部はあどけない少女期のセレステが描かれ、第二部では一大ポップスターとなりまた母となった彼女の姿が描かれる。このギャップが凄まじい。この間に彼女に何があったのかは詳細は語られない。だがスターになりながらも酒とドラッグに溺れ事故を起こし被害者に多額の示談金を払ったりとプライベートでも話題に事欠かない彼女は常に注目の的である。あどけなかった少女のころの面影も消え失せ、そこにいるのはアメリカを代表するポップスターの彼女だ。

彼女には常にあの銃撃事件が頭をよぎる。いつも彼女の心はトンネルの中を走り続けていて、そこには同じ人々が倒れている。銃撃事件の被害者だろうか。
そして9.11が起きる。彼女のライブ直前には彼女の曲のPVで使われた衣装と同じ扮装をした者たちによる無差別銃撃事件が起きていた。
常に彼女には暴力と死がつきまとう。それを振り払うように彼女は走り続ける。しかしそのトンネルをいくら走り続けても出口には至らない。そしてトンネルの中の犠牲者の姿も変わらない。
彼女は走り続けるしかないのだ。この暴力と破壊に満ちた社会から少しでも逃れるためには。出口のないトンネルをただ走り続けるしか。ステージの眩いばかりの照明に照らされても、暗いトンネルを抜けて本当の日の光を浴びることはない。それでも彼女は天空を目指し続ける。

彼女の姿は暴力によって蹂躙され続けるアメリカそのものを描いている。経済大国、軍事大国として世界の頂点に君臨するアメリカ、しかしその国内は常に暴力と破壊に満ちていて人々は不安にさいなまれている。そんな恐怖や不安から逃れるためにドラッグや享楽に走る人々。ラストの長くきらびやかなコンサートシーンはそんなアメリカを思わせる。まぶしい栄光に輝くアメリカは永遠に暗いトンネルから抜け出せないのか。

ブルータリストから遡っての鑑賞、この監督は常に一貫したスタイルであえてわかりにくいヨーロッパ映画のような作品作りをしていて、見る者の想像力を搔き立ててくれる。これからもおおいに期待できる監督だ。

レント