「当時の海軍にはあり得ない視点が感動を生む」アルキメデスの大戦 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
当時の海軍にはあり得ない視点が感動を生む
原作は既に 16 巻まで発行されているコミックスだが未読である。この映画を見て、非常に興味が湧いたので原作も読んでみるつもりでいる。登場する主要人物が軍艦の設計者という非常に面白い作りになっていて、冒頭にこそ戦闘シーンがあるが、本編には全く戦闘シーンがないという驚くべき戦争映画である。工学を本業とする身から見ると、非常にワクワクするような話であった。
真珠湾攻撃の9年前に話が始まる。老朽化した戦艦金剛の代わりになる新鋭艦を製造しようとする話で、永野修身や山本五十六が提案したのは新型空母であったが、対抗する嶋田繁太郎や平山忠道が提案してきた巨大戦艦の方が見積額が低いということに疑念を感じ、本当の設計費を算出して不正を正そうとするのが発端である。実際のところ、日露戦争で奇跡的な勝利を挙げた東郷平八郎が神格化され、大艦巨砲主義の発言力が大きかったのは事実らしい。時代は戦艦から空母主力に移り、現代の米海軍の主力艦は戦艦ではなく原子力空母に移っているのは誰もが認める事実である。船舶は航空機の攻撃に滅法弱いので、戦艦同士の主砲の打ち合いで雌雄を決するという時代では既になくなっている。
戦艦の建造費の見積もりを出すということは、使ってあるネジ1本の値段から全てを積算して総額を出し、更にそれらの工程表を書いて所要日数と人件費を合算する必要があるが、Excel が使える現代ならともかく、電卓すらなかったあの時代にそれを行うには、ゆうに1ヶ月以上を要する仕事であるはずである。それを僅か2週間でやれという。何故アルキメデスの名前が出てくるのかというと、金の比重の違いで王冠の偽物を見破ったアルキメデスにちなんだものだと思うのだが、更に考えてみれば、鉄で作った船が海上に浮く原理もまたアルキメデスのものである。
主人公は、東京帝大で数学を専攻する学生で、大財閥の娘の家庭教師をしていたが、ひょんな事で娘の父親の逆鱗に触れ、大学を退学させられる羽目に陥る。根っからの数学の天才という設定で、美しいものには数学的な裏付けがあるという信念の持ち主である。登場シーンで、芸者と扇飛ばしの遊びをして、距離と高さを計算してドンピシャで当てているが、あの計算はそれほど単純ではなく、扇の開き加減や凹凸の高さ、扇が巻き起こす気流による浮力など、不確定な要素が沢山あるので、実はほぼ計算不可能と言っていい問題なのである。
鉄の使用量と建造総額の関係を内挿的に関数化して同定するという考え方は、現在の機械学習でも行われている方法で、細かいところから積み上げるのとは逆に、結果的に入力と出力の間にどのような関係があるかというのを、既存のデータから近似式を導出して算出しようというもので、時間がない場合には極めて有効な方法である。ただ、映画で示されたカーブは非線形で、映画中で述べられていた「2階の微分方程式」などという簡単なものではなかった。あの形だと、深層学習かファジィ理論による入出力マッピングを行う必要があるのではないかと思う。仮にそうした方法を使用した場合には、極めて次数の高い式になるのは必至で、場合によっては数千から数万という次数の式になってしまうので、黒板に手書きの計算で求められるようなものでは全くないのだが、そこまでリアリティを要求する必要はないだろう。なお、ここまでの記述が理解できなくとも、鑑賞に全く問題はない。
軍規を理由に必要な設計図や物品費や人件費の資料に接することができず、苦悩して何とか活路を見出そうとする序盤からの部分も見応えがあったが、最終的な会議での話の運びには非常に引き込まれた。しかも、相手の不正を見抜くどころか、その先まで行ってしまっていた検討結果というのには度肝を抜かれる展開になっていて、見ていて非常にカタルシスの得られる話であった。更に、その後の平山との会話において、現代の観客が胸を打たれるという話の構成には深い感動を覚えた。
役者は、いずれも軍人らしさが欠けていたように思う。軍人は、昔の武将と同様に、戦場では声で指令を出さなければならないので、よく通る野太い声を訓練して身につけていたはずで、普段からそうした声で喋っていたはずである。辛うじてそれが感じられたのは、大角大臣を演じた小林克也のみで、永野修身や山本五十六までが囁くような声で喋ってしまっており、橋爪功演ずる嶋田繁太郎に至っては、耳障りな甲高い声でわめき散らすばかりというのにはうんざりさせられた。主人公はもともと軍人ではないのだからまあいいとしても、部下の田中を演じた柄本祐にはもう少し頑張って欲しかった。平山造船中将を演じた田中泯は流石だと思った。
音楽の佐藤直紀は、非常に素晴らしい曲をつけており、物語の重さを十分に感じさせるものであり、更には主人公らの感情の起伏をもよく描き出していたと思った。演出は、何と言っても冒頭の大和の戦闘シーンが素晴らしく、非常に圧倒された。BD が出たら絶対に買おうと思った。平山が語った視点は、当時のものとしてはあり得ず、現代人の視点に他ならないが、その心情は、現代人にはむしろよく伝わるものであり、エンドタイトルを見ながら、ただただ涙が流れて仕方がなかった。
(映像5+脚本5+役者4+音楽5+演出5)×4= 96 点。