「残便感が惜しい」七つの会議 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
残便感が惜しい
原作は,池井戸潤が 2011〜2012 年に連載した小説で,製造業界を舞台にした企業不正が題材になっており,2013 年にテレビドラマ化されている。この時は原島課長が主役だったが,今作はその部下の八角係長である。主人公の所属する会社名は原作の通りであるが,その親会社は原作の「ソニック」から「ゼノックス」に変更されていた。コピー機のメーカー名を想起させるよりは,総合的な電化製品メーカー名の方が良かったのではないかと個人的には思った。
企業は収益を上げるという目的のもとに集った組織であり,社員はよく侍に例えられるが,となると社長は藩主で,部長は家老といったことになり,ライバル企業は他藩であり,取引先は友好藩や領地の農民,親会社は御本家といったところであろうか。その収益を上げるために,ある社員が不正な誤魔化しを思いついて実行したために,会社の存続に関わるほどの事件が持ち上がるという大きな物語の他に,各社員の持つエピソードが散りばめられ,小さな謎解きがいくつも用意されていて,話の奥行きを増すのに貢献している。それぞれがミステリー仕立てになっているので,見ていてダレるところがなく,緻密な構成には非常に感心した。原作が良くできているため,脚本家は尺に合わせるのに苦労しただろうが,その出来はかなり高かったと思う。
話のキーとなっているネジの強度の件は,かなり大袈裟になっているのがちょっと気になった。折りたたみ椅子に使われているネジを標準にしたとしても,新幹線や航空機の椅子に使われているネジの強度が桁違いに高いというのは現実的ではないし,チタン合金を使っているなどというのはオーバースペックで,象でも座らせるのかと思うほどであり,何より軽量化が求められる航空機でチタン綱などは使うはずがない。そもそも,事態の深刻さを描くなら,もっと大変な事故が起きたという展開にすべきではなかったか。不正を内部告発するということは,自分の藩が取り潰されて路頭に迷うかも知れないという恐怖を伴う話であるので,それに見合っただけの事件がないとバランスが取れないのではないかと思った。
役者は,実に豪華版で,ほんのチョイ役にこんな役者を使うのか,と唖然とさせられるばかりであった。また,一癖も二癖もある演技派ばかりで,誰が本ボシなのか,最後まで分からせない展開になっていて見応えがあった。だが,主役の野村萬斎だけが著しくリアリティを欠いていたのが残念だと思った。時代劇のような台詞回しや,あまりに雑な身なりへの注意っぷりなど,厳しい現代のサラリーマンの美意識に対して,あまりに現実離れした設定であり,特に緊張感あふれる会議の席でいびきをかいて寝ていて大してお咎めもないなど,幾ら何でもやり過ぎではないかと思われて仕方がなかった。一方,それぞれの役者の顔芸が楽しめたのは非常に面白かった。
音楽の服部隆之は流石だと思ったが,ボブ・ディランの歌は話の内容に対してちょっと違和感があった。演出がかなり半沢直樹風になってると思ったら,監督が同じ人であった。見終わってスッキリしたという人が多いのには個人的に釈然としなかった。結果的に巨悪が倒されたとは言い難い話であり,それに,主人公の最後の独白にもヒロイズムの欠如を感じさせられたからである。残便感が甚だしいというべきだと思った。大手のホテルの大宴会場を使ったと思われる馬鹿馬鹿しいほど大袈裟な御前会議の会場は見応えがあっただけに,その点が非常に惜しまれた。
(映像5+脚本4+役者4+音楽4+演出5)×4= 88 点。