「自分の人生の主人公になる難しさと格好良さ」こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話 森のエテコウさんの映画レビュー(感想・評価)
自分の人生の主人公になる難しさと格好良さ
「こんな夜更けにバナナかよ」という題名はプロローグに過ぎなかった。理不尽な要求に、初めから振り回される美咲ちゃんの心の中のセリフが眼で叫ばれる。
途中、佐藤浩市(友情出演)の登場で、私の中の本気スイッチが押された。「ただのコメディーじゃないな、この映画」
主人公と彼を24時間365日見守る在宅ボランティアの関係を軸に、男女の関係、母子の関係、父子の関係、友人の関係、師弟の関係…と様々な関係にフォーカスがなされ、結局「『人間関係』にとって何が大切なのか」という問いを観客に提示し続ける。
自分を犠牲にして他人を活かすことが大切か?他人を犠牲にして自分を活かすことが大切か?
「そうじゃないでしょ」と主人公の鹿野さんは生き方でその問いに応えていく。
一見傲慢に思える自己主張。「でも、そうしないと1秒も生きられないんだから」
鹿野さんが呼ばれた講演会で、車椅子の少年が「鹿野さんが大切にしていることは何ですか?」と問うと、「自分が困っている時に、人に頼む勇気です!」と答える鹿野さん。
その少年は、その後、入院している病室で車椅子から落ちて困っている時、偶然通りかかった医者になる夢を諦めかけた田中君に助けを求め、田中君にとって大事なことを思い出させる。
そして、7年後のエンディング。
気管支切開をして人工呼吸器を付けざるを得なくても、常識を覆しアングラな方法で再び声を取り戻したものの、英検2級に合格し、アメリカに行って、自分を鼓舞してくれた自立生活運動家のエディ(…さんだっけ)に会う夢は叶わなかった。
しかし、夢多く生きた鹿野さんは、『美咲ちゃんと田中君に仲直りしてもらいたい』という夢を成就し、「カラオケに行きたい!」という夢も叶っていた!!
という事が分かる最高のエンディング。
鹿野さんはわがままで、勝手で、ストレートだった。でも、その結果の全てに自分で責任を取っていた。
自分の意志を大切に、覚悟して一瞬一秒を生きていた鹿野さんは、その点において偉くカッコいい。
鹿野さんの母親役の綾戸智恵がとてもいい。
歌い手も演者も、同じアーティストということか。
兎に角、死してなお、生きる意味と勇気を示してくれた鹿野さんの『愛しき実話』は、想像を越える良作だ。