劇場公開日 2019年12月13日

ある女優の不在 : 映画評論・批評

2019年12月10日更新

2019年12月13日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー

豊穣な暗喩で綴られる三世代の女性の苦悩と映像の虚構性

映像は真実性を担保するだろうか。かつては「ある程度」は担保したかもしれない。しかし、私たちは今ではスマホに流れてくる動画が本物であるか、いちいち疑わねばならない時代に生きている。

そもそも、元々映像が何かの真実性を担保できるということ自体幻想だったのではないか。むしろ、映像とは「もっともらしい嘘」をつくのに都合のよい媒体ではないのか。イランの巨匠ジャファル・パナヒは常に観客にそう問いかけてきた。

冒頭、女優志望の若い女性が首を吊るショッキングなスマホ動画から始まるこの作品は、そんな映像の真実性と虚構性をないまぜにする。有名女優ベーナズ・ジャファリ宛てに届いたそのスマホ動画が事実なのか確かめるために、彼女は映画監督ジャファル・パナヒとともに少女を探す旅に出る。スマホ動画は事実なのかという作中の問いは、ドキュメンタリー風に撮られ主演女優と映画監督が本人役で登場するこの映画全体がどこまで事実なのかという問いと通底し、観客に常に眼前の事物を疑えと迫る。

映画の主題はそれだけにとどまらず、3世代の女優の苦難を映し出し、旧態然とした社会における女性の苦しみをも描く。姿を消した往年の女優は決して画面に映らず、若い女優志望の女性は村中で蔑まれ、どこにいるのかわからない。イラン社会の女性の苦境を描き続け、映画製作禁止処分・逮捕までされたジャファル・パナヒは、そんなインビジブルな人々を改めて見つめ直しているのである。

怪我をして動けずに道を塞ぐ雄牛、種付けのために運ばれてくる雌牛と入れ替わるように前に進む2人の女性、絶壁のジグザグした砂利道を進む車、割れたフロントガラスなど豊かな暗喩を駆使して、本作は現代イランの閉塞性と女性の苦難を突きつける。そしてカメラが映すものが真実とは限らず、さらには世界にはそもそもカメラが映してこなかったインビジブルな真実がたくさんあるのだと、パナヒは私たちに教えてくれているのである。

杉本穂高

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