ブラック・クランズマンのレビュー・感想・評価
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【着々とレイシズムが拡散している事実を辛辣に描いた作品。】
KKKに黒人とユダヤ系白人刑事が潜入捜査を仕掛ける物語。
ストーリーは良く練られており、随所に笑いも散りばめられ135分があっという間の良作である。
レイシズムに侵された白人は徹底して愚かに描かれ、最後は爽快な気分で見終えた と思ったら、あのエンディング。
スパイク・リー監督の辣腕は健在であった。
見事な作品である。
<2019年3月23日 劇場にて鑑賞>
いろいろな映画を バンバン見ていきたい。
往年の名作と呼ばれる映画にも 当時の価値観が入っている。 作品からの刷込みは根深く それで害を被っている当事者には耐え難いことなのかもしれません。
ここでは「映画」としますが 映画をほかのものに置き換えてもいいと思います。
でもたとえば『風と共に去りぬ』、自分は見ることを止めないと思いますし、これが変な方向に火がついて余計なカットを施して再発売・なんて事態にならないことを祈ります、アメリカってエンディング編集とかそういうの平気でやっちゃうからホント心配。
それと同時に「ここの映像の、この役のこの演技やセリフは当時のこんな価値観があったからなんだ」ということを知っていきたい。
この意味で、それがわかる『ブラック・クランズマン』はみてよかった。 もうね、こういう映画は節操なくバンバン見ていきたいですね。
この映画は時代考証を無視した創作ももろもろ盛り込んでるとききました、でもいいんですよね。 ひとつの映画ですべてを判断するのは惜しい。
アダム・ドライバー、長身でハンサムだけど顔の造作がやや歪んでて(暴言)、いいですよね 好きです。 この映画の中の彼は(個人的に)りりしくした渡部陽一か薄汚くしたキアヌ・リーヴスにみえました・・・まあ、なんかでもたぶん 実生活ではキアヌのほうがよっぽど汚なそうですけどね(暴言2)
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極めて政治的ムービー
スパイク・リーは常に戦闘体制にある監督だ。それは今作でも変わらない。観客に「他人事じゃないぞ!」と突きつけてくる極めて政治的な映画。しかし年齢を重ねてその手法に練りが加わった印象。
白人に化けた黒人にも、ユダヤ人にも自らヘイトを言わせるその描き方。だが主人公は極めてフラットなスタンス。オスカーゲットはその手腕の熟練っぷりに与えられたような気がする。
現在の日本人も見る必要ある映画だ。
しかし全面的に絶賛とまではいかないかな。アジテート映画としては最高峰だが、映画的なスリルは平均的だったように思えた。
他人事ではない問題提起
スパイク・リーの作品は毎回考えさせられる。人種差別と自らのアイデンティティをテーマに作品として視覚化する。差別はかなり個人的な経験と思い込みから生じ、概して自らが招いた不愉快な事象を無責任に転化するいじましい感情から発する。自らが真っ直ぐに自分自身と対峙して、深く内省をしない限りは差別は撤廃出来ない。誰も自分の嫌な面は見たくはない。理由も無しに誰かの責任にしたいのだ。一人一人が理性的に、知性的に、そして冷静に、差別には対応する必要がある。差別をする者もされる者もつまらない悪感情を捨てて、相手と自分をしっかりと見つめて、感情をコントロールすべきだ。差別は悪感情をエネルギーにして、物事を針小棒大にし、単純なものを複雑にし、事を荒立てる。私たちの尊厳を守るためにも、差別は完全に自らの内面から排除すべき最重要課題である。
あのヒロインのどこに惹かれたのか?
アダム・ドライバー良かったです。
この映画を観て良かったことのメインはアダム・ドライバー。
まず、映画としての完成度が許しがたいほど低い。
それは主人公の選択についての動機がことごとく欠けてるのが主な理由と思われ。
警官になった理由も目的も分からないのでカエルと言われて我慢してる理由も分からず、またKKKへの電話も唐突で出世欲なのか世直しなのか聖戦のつもりなのか分からず、あまり気が合っているように思えない活動家の女性(ヒロイン)にご執心な理由も分からず…
心理描写だけでなくストーリー設定も、何も危険を犯して2人で1人を演じる必然性がわからず、途中から電話も白人警官がやって1人で潜入した方がうまくいくんじゃね?と思わせられるし、KKKの理事の警護に黒人警官をあてる理由が弱すぎて…作品を通して、納得感が全然なかった。
実際の話に基づいてるって言うから、渋々自分を納得させて先へ進んだ感じです。
そして、主人公の行動原理が分からないまま、設定の必然性が感じられないまま、観客はどこへ連れてかれるかというと、
黒人(被差別)が、白人(差別する側)に一杯食わせてやったぜ!ハハ!という、してやったり!痛快!という浅い着地点で、
そんなに感情移入できてないこちらとしては、まぁそうなりますよね、という結末に白けるだけでした。
もっと笑えるところやハラハラするところを設けたり、心情を丁寧に描いて共感できるものになってれば違ったと思うんですが、
結局、被差別側の溜飲を下げるためだけのストーリーになっちゃってるんじゃないかなぁ、
粗暴な白人や頭の弱い白人を目立つポジションに登場させてることにも現れているし、ヒロインが持つ偏見(copの中に1人差別主義者がいるから全員pigである)はお咎めなしだったり。
それって結局、白人への憎しみありきになってしまってるわけで、、、うーんそういうことでいいの?なんだかなぁ。
最後の数分で現代の実際の事件の映像などがたたみかけられるのですが、そっちをメインにして欲しかったと思います。
私たち日本人も“colored”なわけですが、これをもし日本人が撮っても、カンヌでスタンディングオベーションなんてされないだろう。
作品そのものが評価されているのではなくて、作者の出自やイデオロギーも含めての評価なんだと思います。
映画は、娯楽でもありながら社会に一石を投じる役目も担っているので、そのような評価に私は反対しないですが、
この作品よりもっと上手にこの問題を伝えられる作品はあるように思います。
(しかし一方で、スパイク・リー監督にとっては、この方法しかない、というのもよく分かります)
そんな中、アダム・ドライバー演じる警官が、
潜入捜査を通じて自身の人種に目覚めたというところはとても良かった。
アダム・ドライバーは見せ場も多かったように思うし、人物像がちゃんと深掘りされてる感じがあって、好演。
『パターソン』また観たくなった。
作品は個別に批評すべきと思うものの、テーマとタイミングが重なってしまったので、どうしても『グリーンブック 』と比較して観てしまった点は、申し訳なく思う。
追記: ヒロイン役の女優さん自身はめちゃキュートで魅力的です『スパイダーマン ホームカミング』のヒロインです
★5 最高に気に入っていて、今後も繰り返し観るべき作品
★4 とても気に入っていて、また観返すであろう作品
★3 気に入っていて、機会があったら観るかもという作品
★2 いい映画だとは思うが、私はもう観ないであろう作品
★1 自分の好みでもなく、人にも勧められないと思う作品
★0 酷い、映画に対する侮辱、謝れ、観なければよかった
逆差別なのだ
アカデミー賞6部門にノミネートされ、スパイク・リーが脚色賞を獲った「ブラック・クランズマン」。映画の舞台は70年代のコロラドスプリングスで、黒人刑事が白人至上主義のKKK団に潜入捜査するというお話。KKKというとあの白い三角の覆面が思い起こされ、予告編がまた期待させる作りなので、どうやって潜入するのだろう・・・とワクワクして観たのだが、そのあたりは完璧に肩すかしをくらう。町山智浩が「70年代のブラックスプロイテーション映画の手法で作られている」というように、あまりにも白人がマヌケに描かれ過ぎていて、「ブラックイズビューティフル」過ぎるのだ。トランプへの異議申し立ては分かるが、もうちょっと普遍性が欲しかった。主役の黒人刑事はデンゼル・ワシントンの息子ですごく達者な演技はさすが。バディのアダム・ドライバーも良い。アカデミー賞があまりにも左へ振れすぎているこの数年。普通に楽しい映画を観たいと思うのだ
締めに違和感はあったけれど面白かった
早くて長い英語が多くて、しかも英語での言葉遊び的なところも多かった気がして、正直、字幕を懸命に追いながら必死に音を聞いていたような気がする。観賞は結構疲れたけど、集中すればするほど笑える作品だった。
この設定そのものが面白いと思ったんだけど、終わりが近づいたとき、♪what a lucky man he was ~、と流れてきて勝手にこの映画はいいなーと実感した。
しかし、最後の最後の主張はどうも自分には合わなくて、そんなリアルなものを入れなくても十分劇映画で伝わってきたよ!とまぁ・・・残念感が結構大きかったりした。あくまで個人的な感じ方─
喧嘩上等
スパイクリーが本気で喧嘩を仕掛けている。
「風と共に去りぬ」「國民の創生」。奴隷制度の上にふんぞり返った優雅な白人、「ターザン」の白いヒーローなんか、ホンモノの映画じゃねぇ!
黒人のステレオタイプを勝手に作ってんじゃねぇ!
「黒いジャガー」のバカバカしいノリみたいなものも散りばめながら、映画人としての怒りと今のアメリカの状況への怒りが溢れている。
あの頃、まさかKKKに支持される人間がアメリカ大統領になるなんて、誰も夢にも思わなかったはずだ!
ところが今の状況はなんだ!
「大きな声で叫べ。私は黒人でそれを誇りに思っている」「大きな声でそう叫べ!」黒人だけじゃない。今の全てのマイノリティへのメッセージだ。
『今』これを作ること。それが映画監督の聖戦なのだと思う。
差別されている側が、余裕と皮肉を込めて自分たちを差別する言葉をバンバン言うことで、逆にその言葉は無力化する。
笑えて、考えさせられる
予告編の通り、笑えるシーンもたくさんある
しかし、潜入捜査であるがゆえの、手に汗握るシーンもある
何より、これが実話であるという重さ
少し昔の出来事と認識して観ているこちらに突きつけられるラスト
それは、オープニングを思い出させ、「これ」は、ずっと昔から過去を通り、今なお続く出来事、日々起きている出来事であるという、避けがたい現実を目の前に置いていくことになる
黒人と白人、ユダヤ人だけではない
私たちアジア人も、一歩欧米に出れば差別される対象
一度でも海外で生活したことのある人なら、それを肌身に感じたことがあると思う
だからこそ、これは対岸の火事ではない
主人公であるロンは、黒人だが、本作に出てくる他の黒人たちのような主義主張に一線を画しているようにすら見える
黒人のロンに代わり、潜入捜査するフリップは、ユダヤ人であることに特にこだわりがないように見える
でも、ロンには、黒人としての誇りがあり、フリップは潜入捜査を通じて、自分のアイデンティティと向き合うことになる
観ているこちらも、「自分のアイデンティティ、そして、肌の色、目の色、言葉、文化の違い、あなたはこれらとどう向き合うか」と問われ続けているように感じる
ラストの言葉、心に突き刺さって忘れられない
思想の暴走
コロラドスプリングス初の黒人警官が潜入捜査官となりKKKに潜入した話。
人種差別がまだ色濃い時代、黒人であることを隠して電話でKKKに取り入った主人公と、彼に代わり実際に潜入するユダヤ系の捜査官が、KKKの過激な行動を曝いていくストーリー。
冒頭、KKKの超強烈な演説に思わず苦笑。
黒人側の集会もなかなか強烈でアメリカの抱える闇をひしひしと感じる。
取り上げている内容がかなりシリアスな話ではあるけれど、主人公の醸し出す空気感で重苦しくはなっておらず、笑いも少々。
警察がテロリストに対するドラマとしてもなかなか面白く、日本人である自分からしたら人種差に対する意識に気持ち悪ささえ感じた。
予告編とまるで違うテイスト
冒頭の南北戦争のは風と共に去りぬ?
そしてが79年の本作
最後に2017年のバージニア州シャーロッツビルで白人極右集会に抗議する人たちの間に自動車が突入し、1人が死亡し19人が負傷した事件映像
8/12の極右集会にはデイビッド・デューク氏も参加。
映画『國民の創生』は1915年の作品らしい。
ジェシー・ワシントンのリンチ事件も1916年の話。
女会長は架空の人物
フリップのユダヤ人設定も脚色とか。
差別主義者に決定的に欠けているもの
差別をテーマにした『グリーンブック』『ビリーブ』という二つの作品で持ち得た「希望」がいきなり「絶望感」に取って代わりそうなほどショック性の高い映画でした。
差別主義者の理想というのは結局のところ、自分に跳ね返ってくる、という原理をもっと認識したほうがいいと思います。
偉そうに聞こえるかもしれませんが、よくよく考えると差別志向というのはそういう働きをするものなのです。
彼らのいう〝劣等人種〟を駆逐し、アーリア人のみで構成された社会が実現した場合、駆逐と排除という成功体験を持ったその社会の指導者たちは、より良い社会を作るために今度はその中で、何かの指標、例えば知能指数とか運動能力といったどこで線引きするのかも定かでない尺度を持ち出して能力の低い人たちを駆逐しよう、という発想になります。そして、実現したアーリア人の理想的な社会の維持・発展と安定のために真っ先に駆逐の対象となるのは、劣等人種を駆逐する時に活躍した過激で暴力的な人たちなのです。彼らにとっての理想的な世の中で暴力的性向の遺伝子を持つ人たちは「社会を乱す側の人間」として真っ先に排除の対象になるはずです。
その指標は時代や社会の要請でいくらでも変化していきます。古代であれば、狩猟や戦闘能力の高い人が重宝されただろうし、国や会社の勃興期であれば、帰属集団に対して真面目で忠実な労働者が必要とされたように。
(差別主義者は自分が差別されることへの想像力が決定的に欠けている。パワハラやイジメも同じ構造なのだが、それを教えてくれる人があまりいない。)
そもそも人間を優劣で区分できるという発想自体が大いなる誤謬だし、それを言い出した本人こそが劣等の罠に嵌るということだと思います。
この映画はマイケル・ムーア監督の手法に呼応するかのように、厳しい現実が実際に存在すること、他人事として見て見ぬ振りをしてはいけない、それぞれが出来る範囲で何らかの行動を起こせ!
と訴えているように感じました。
笑えるユーモアと笑えない現実
英字原題に「Kを3つ」並べているのが秀逸。
黒人刑事がKKKに潜入捜査した実話を元に作られた、明確な人種差別抗議、反トランプ映画。
めちゃくちゃ面白くて、声を出して笑ってしまいました。
差別主義者の知恵の足りなさが素晴らしい。
白人至上主義者の「アウシュビッツは捏造」発言で、映画『否定と肯定』と、某美容整形外科クリニック院長を思い出したりして。
乾杯の発声が「アメリカ・ファースト」など、皮肉たっぷりなブラックユーモアに満たされていました。
そして、映画の締めは笑えない恐怖の現実。
お見事でした。
_φ(・_・ラスト、、、怖いよ
KKKへの潜入捜査のお話。
黒人とユダヤ人の刑事コンビがコミカルに捜査を進めます。
あまり緊張感もなくヒヤヒヤする!っと言うわけでもない。
安全な映画の中を感じながらおかしく視聴できました。
だがしかしそれはラストの実写を際立たせる仕組みだったのでしょう。実際あった差別と暴力は我々が思っている以上で現在のトランプ政権のやっていることこそその極みであるということなのでしょう。
今現在が一番危ないんだという警鐘なのでしょうね。
"NO PLACE for HATE"な映画
こういう映画を観る度に、恥ずかしながら「はっ!」とさせられるのです…特に関西では(笑)
*映画のラストにあったような実際の暴動フィルムを見て思うことは、…とりわけ、大阪で、特定の外国人に対するヘイトスピーチから大きな運動に発展しないのは、我々には、それが「No !」と言える賢さや理性とともに、寛容さがあるからだと信じたいです。
*鑑賞時、ネイティブな方が何人かいらして大爆笑されてました…その時、日本語がネイティブの私たちは、ほとんどが"シーン"でした(笑)…やはり、"笑いのツボ"が違うのだなと…。
そんな"ブラック"ジョーク満載の映画なので、その辺はコメディだからといって過度な期待は禁物です(笑)
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