「いくつか傑出したシーンはあるものの・・・」バーニング 劇場版 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
いくつか傑出したシーンはあるものの・・・
原作は村上春樹の初期短編『納屋を焼く』。
村上春樹作品の映画化は数が少なく、さらに観ているのは、大森一樹監督『風の歌を聴け』、今回カップリングの市川準監督『トニー滝谷』、松永大司監督『ハナレイ・ベイ』ぐらい。
本作、原作小説も読んでいるが、30年近くも前のことなので憶えていません。
アルバイトしながら小説家を目指している青年イ・ジョンス(ユ・アイン)。
とはいえ、まだ一篇も書き上げていない。
それどころか、何を書けばよいのかがわからない。
そんなある日、街でキャンペーンガールをしている幼馴染のシン・ヘミ(チョン・ジョンソ)と偶然の再会を果たす。
アフリカで「リトルハンガー(空腹な者)」と「グレートハンガー(人生に飢えた者)」の違いをみてみたいと言っていた彼女は、その言葉どおりアフリカへ旅立ち、帰路足止めを食ったナイロビ空港で巡り逢ったベン(スティーヴン・ユァン)とともに帰国する。
ベンは、ジョンスともヘミとも異なり、若くしてすべてを手に入れたような青年で、ジョンスの田舎の家の庭で三人で飲んでいる際に、「ぼくは何か月か毎にビニールハウスを焼いているんだ」とジョンスに告げる・・・
というところから始まる物語で、ここいらあたりが映画の中盤。
この映画の最も美しいシーンが、このジョンスの田舎の家の庭のシーンで、大麻で高揚したヘミが沈む夕陽を背景に、着ているものを脱ぎ捨てて踊るのをワンカットで撮っている。
その間に陽は沈む・・・
で、その後、ヘミが姿を消し、消えた彼女を巡ってのミステリー的サスペンスとなるのだけれど、おもしろいのかおもしろくないのかよくわからない。
ストーリー的にも、ヘミの消息についてはいくつかの解釈ができるのだけれど、その解釈は観客に委ねられている。
委ねられていながら、衝撃的な結末を迎えるので、すごいショック。
それもワンカットの力技。
だけれど、イ・チャンドン監督の語り口って、こんな風だったかしらん。
もっとはじめからグググと力で押して押して押し出し的だったような感じがしていたが、今回は終盤にかけてだけ。
「リトルハンガー」と「グレートハンガー」や、「ビニールハウスを焼く」「井戸に落ちる」「踊る」などいくつものメタファーが出てくるが、劇中で「メタファー」と言ってしまうあたり(それぞれのことを指しているのではないが)、この手のメタファー満載映画ではちょっと・・・と思ってしまった。
その他、ジョンスとベンのふたりの役どころ、田舎の鼠と都会の鼠を地でいく配役なのもツマラナイ。
いくつか傑出したシーンはあるものの、全体をしてはあまり買えない、といったところ。
もう30分短くてもいい。
評価は★★★☆(3つ半)です。
以下は、補足(というか追記というか、妄想というか・・・)。
と書いたところで、どうにも『バーニング 劇場版』のストーリーが気になって仕方がない。
なので、補足・追記のようなものを書きます。
ヘミが消失してしまった事柄についての真相は明らかにされないので、次のような解釈ができる。
1.ベンが殺してしまった
2.ジョンスにもベンにも関係なく、多額の借金のため行方をくらませてしまった
3.生死不明であるが、ヘミが行方不明となってからの出来事は、ジョンスが書く小説の内容で、実際の出来事ではない
これぐらいが妥当な線だと思うが、ここでは、それぞれについて検証することはしない。
気になっているのは、上記のいずれでもないストーリーも可能ではないか・・・ということ。
個人的には、こういう風だったら面白かろう、個人的にいちばん興味深いのだけれど・・・というもので、それは
ヘミが行方不明なのは、ジョンスが殺してしまったからで、ジョンスはそのことをまるで憶えていない・・・というもの。
そんな解釈できるかしらん、とも思ったが、そう考えることも出来なくもない。
それぞれの台詞やシーンを、次のように解釈すると・・・
ベンが「2か月に1度くらいの割合で古いビニールハウスを焼く」というのは、「古い彼女(オンナ)を棄てる」ということ。
性的交渉した後、一切の連絡・交渉を断つ(断たざるを得ないようにして)。
洗面所の戸棚に隠してあった女性もののアクセサリーは、戦利品。
ベンが飼い始めた猫は、ベンが言うとおりの拾ってきた猫。
ジョンスが「ボイラー」とヘスの飼い猫の名で呼んだ際に近づいたのは、単なる偶然。
ヘスが語っていた「昔、井戸に落ちた」エピソード。
ジョンスの母親は「涸れ井戸」と言っており、ヘスの母親も近隣の住人も「井戸(水を湛えた)」とは認識していない。
つまり、忘れ去られた存在。
ジョンスは、そこへヘスの亡骸を葬った。
ジョンスがみる「ジョンス少年の目の前で焼かれたビニールハウス」の夢。
これこそが、ジョンスがヘスを殺したメタファー。
ジョンスがヘスを殺す動機は?
夕陽の中で踊るヘスを観たから。
それまでのヘスは「グレートハンガー」だったけれども、ベンとも付き合うようになって「人生への渇望が満たされている」ことをジョンスは悟ってしまう。
ジョンス自身が「グレートハンガー」だけれども、その人生への渇望は何によっても満たされない。
その満たされない何かを求めて、ヘスを殺してしまう。
最後、ベンを殺したジョンスが何もかもを脱ぎ捨ててしまうこと。
夕陽の中で踊るヘス同様、生まれ変わったことのメタファー。
と考えると、ジョンスはヘスを殺したことを覚えていないわけではなく、自分が殺したことはわかっていながらも、「ベンがビニールハウス(ヘス)を焼いた(殺した)」ということで、自身の存在を証明しようとしたのかもしれない。
もしそういう物語ならば、かなり好きな部類の話なのだけれど・・・