ビリーブ 未来への大逆転のレビュー・感想・評価
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時代の変化
男社会が世界の常であった時代。
女性が社会進出や声を上げる事を憚れたりしていた。
男女という性差別があった中実際に起きた事実をもとに世界の常識を覆す為に奮闘した女性の姿を映した作品です。
僕は、男なので関係ないというような感じで始め考えていたかもしれない。この作品の中では、女性だけではなく誰かの決めたルールそのものを疑う必要があると考えさせられました。
問題となった事件は、男性が自分の母親の介護をしているという所から偏見によった考え方によって苦しんでいる人がいる。そこからどんどんと大きな社会問題に発展していく。
今では、当たり前になっている男女雇用均等化された社会
誰かが作ってくれた時代の中で今生きてると実感できました。
三権分立が民主主義の基本
伝記映画だから仕方ない。
中学3年生の公民の授業で三権分立の事を習ったが、アメリカは三権分立の国だと思うが、法律を司る司法が法律を変える事が出来るのだろうか?
アメリカの連邦議会とは、立法府では無いのか?
この映画では個人の努力が法律を変えていくと言う考えなんだなぁと思った。つまり、偉大なる判事になるような個人が、社会を変えたと言う事になる。言い換えれば、独裁国家であれ、偉大な独裁者ならば、それで良しと言う事になる。
三権分立を忘れては行けないと考えるが。民主主義の基本ではないのか。
性差に付いては理解できる。しかし、法律は権威主義的な所がどうしてもある。女性の頭数を変えても、背広がドレスに変わっただけ、だから、性差を埋めるには、法律ではなく、やはり、人々の意識にあると思う。公民権法が64年(?)に制定されるが、75年まで、ベトナム戦争は続いたし、未だに黒人対する差別は続いたままだ。つまり、法律で社会は変えられないのでは?と考える。
時代が法を変える?
うーん。感動?すべきだったと思うが、なぜが心に刺さらず。
偏見でごめんなさい。ルース役の人がイマイチ好きではなかった…表情とか?
頭脳明晰。努力家。旦那さんはイケメン(笑)…非の打ち所がない。
とはいえ、弁護士になる夢は叶わず、悔しい思いはしたはずなのだが、あまり伝わらず。(自分にだけ?)
旦那さんの病気のシーンは大事だったかもしれないが、彼女の苦労や苦悩があまり描かれていない気がした。
そのせいか、最後の裁判のシーンもすごくあっけなく感じてしまった。
法は時代の流れと共にいつの間にか変わるものではないはず。
誰が行動を起こさなければ。それをした彼女は偉いし、すごいが、すごいのは目の付け所だったのかも。
男女平等。このことでいつも思うのは、100パー平等にすることって出来るのか、ということ。
向き不向きもあるだろうし、それは無理なんじゃないかと思ってしまう。
だから、ヒステリックに叫ぶ人を見ると引いてしまうんだよね…。
勝ち取ってきた男女の平等。日本はいつ?
職業人として、学生として、妻、母として、努力家な主人公には好感が持てます。よきパートナーである夫にも。
1970年代のアメリカの、未婚男性に認められなかった税金控除の問題を発端に、女性が家にいるということを前提とした法律へメスをいれ、男女の平等を実現していったのですね。
一方、日本は、2017年に男性に不利な遺族年金の支給要件は「現状に即していて合憲」と最高裁の判決がありました。私たちのchangeはこれからですね。
森さんに見てほしい
頭脳明晰、貫く信念、格好良い!彼女自身、多くの性差別を受けてきて、娘の世代にまで負の遺産を残してはいけない、その妥協しない姿勢、誰もが負けるとわかっていながらも、突き進んだからこそ、今日があるのだろう。社会が変わることを法律で縛ってはいけない…時代遅れになってはいけない、社会に合わせて法律も変わらなければならない、まさにその通りだと思う。社会の変化についていけない人が政治家やリーダーには適さないということだと思う。選ぶのは個人であって、選択の権利を与えなければ。ジョーンズの凛々しさ、良き夫で最高の協力者アーミー・ハマー、娘のカイリーが好演。娘もハーバード卒でコロンビア大学教授と母の後を追ったのが素晴らしい。
二人三脚、夫の鏡
クライマックスの4分間のスピーチ、なぜ勝訴出来たのか悩みました。
シビアな税法であること、原告が男性であること、親の介護は子の務め等はアドバンテージです(拾い出した夫君の手柄)、判例主義の法廷で過去からの呪縛ではなく時代への適応こそが立憲主旨と再認識させること・・・(法学者で女性、ルースならではの視点)等でしょうか。
「ドリーム」も観ていたので時代背景は分かりましたが法律用語や文化的コンテキストなどを字数の限られた翻訳字幕からくみ取るのは困難です。訴訟趣意書をタイプしたアシスタントがSEXの頻出に嫌悪しGenderに変えたらと進言します、タイトルの「On the Basis of Sex」は法律用語です。(日本人は入国カードのSEX欄にsometimeと書くというケーシー高峰さんの笑い話を思い出しました)
合衆国憲法(United States Constitution)も正確には修正条項を含めますのでAmendmentが付きます。判事が「憲法に勤労女性(Working Woman)という言葉は無いが・・」と言っているのは修正前の原憲法です、だから「自由(Freedom)もなかったわ」と返す意味が出てきます、つまり加筆することで成り立ってきたことへの強調です、問いかけは爆弾での脅迫にも動じなかった民権擁護派ドリス判事(Gary Werntz:監督ミミ・レダーの夫が演じています)からの大きな助け舟でしょう。
ルースが娘のジェーンと言い争う「アラバマ物語」(米国で900万部のベストセラー小説)のくだりは象徴的です、法の不条理、倫理の板挟みが争点ですがどちらも一理あります、そっと娘のなだめ役に徹するパパのなんと素敵なことでしょう、短いエピソードですが後にジェーンも母と同じ法律家になった背景が伝わります。街中でセクハラに幻滅する母に「無視しているだけじゃダメ行動しなくちゃ」と背中を押します。これはアラバマ物語の著者ハーパー・リーの名言(Real courage is when you know you’re licked before you begin, but you begin anyway.行動する前から叩かれてしまうこともあるけれどそれでも行動するのがほんとうの勇気です)に多くの子供たちが影響を受けたのでしょう。
ユダヤ家系は迫害と流浪の歴史から持ち運べない財産より知性、子供の教育に力を注ぐようです。
ルース本人は性差別について「何も特別なことでなく、いま踏んでいる足をどけてほしいだけ」と言っています。医大入試の性差別や上野千鶴子さんの東大入学式でのスピーチなど話題になっている今の状況をみるにつけ根の深さを感じます。
ミミ・レダー監督はナタリー・ポートマンを使いたかったようですがフェリシティ・ジョーンズもオックスフォード出の知性派女優ですから要は好みでしょう。興業的には厳しいようですがハリウッドは社会派ドラマ製作は映画人の良心との気概からでしょうか、力作が多い気がします。
百聞は一見に如かず/2019年に必見
ルースベイダーギンズバーグという名さえ聞いたことがなく、邦題が『ビリーブ―未来への大逆転―』と来たからには、だっせーと反射で思って素通りしようとしていた本作。
ですが、予告を何回か見ていて男女差別についての法廷劇か…時期的に必見なのかもと思いなおし見てきました。
これはね、本当に見てよかったです。
あらすじにもあるように、実在人物の映画で、ルースは現役の最高裁判所判事です。ちゃちゃっとググれば概要がゲットできる類の話です。あらすじは予想の範囲であることは間違いありません。ですから、ラストでどんでん返しとかの驚きを求めている人には、「見なくても分かる映画」に分類されると思いますます。が、
百聞は一見に如かずだと思いました。
史実で構成された話なんだからあらすじだけで十分、といわずに見てください。
受ける刺激が違います。体に響く衝撃が違います。
コロンビアのロースクールを首席で卒業した人が採用されない現実、50年代~70年代にあって妻を人間として敬える夫の希少性、ロースクールの偉い人達の男尊女卑のブタ度、経験が乏しいのに四面楚歌で始まった控訴審の流れを勝利へと引き寄せた弁論の論理性と迫力。
悔しかっただろうな、夫素敵すぎるな、こいつらみんな爆発してくれ、怒りが弁論を冴えさせた瞬間の「キターーーーーー」って気分。
割と地味な映画ですが、わたしはすごく興奮したし、憤怒もした。喪失感を噛みしめ、ラストはスタンディングオベーションで拍手を(心の中で)しました。
クソゲーな世界をサバイブし、更に後進のための道を開いてくれた大先輩に敬礼です。
ドキュメンタリーのRBGも絶対見ようと思います。
2019年の日本では、現実は依然クソゲーな世界ですが、性差別を含めた人権保障にまつわる現実が劣悪であることがそこここで話題になるようになり、やっと問題があることの可視化が広がってきたように思います。
そういった時代にあって、よっしゃルース姉さんみたいに、悪手に悪手で報復するのではなく、完璧な好手で、真正面から立ち向かうやり方で、クソゲー世界をサバイブしてやるぜ!という妙なパワーがわきました。
そして、アメリカの憲法には男女平等の文言はないってことを知り、びっくりしました。そうらしいです。
日本の憲法は第14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」って書かれているので、まぁ実現はされてないけれども絶対守る約束として掲げてくれてるので、そこに違反してまっせと言えるんですか、アメリカはそれがないので、1つ1つの判例で積み上げて行かなくてはいけなかったんですね。
先人の戦いの後を、のほほんと享受しているので、こういう激戦の跡に触れるとちょっとだけ背筋がピリッとします。
☆☆☆★★★ クライマックスの4分間 まさにこの瞬間にこそ裁判映画...
☆☆☆★★★
クライマックスの4分間
まさにこの瞬間にこそ裁判映画の真髄が有る。
「キキ! 素晴らしかった!」
「まだ判決は出て無いわ」
「どうでもいい! アレが正義だ!」
泣かせるんじゃねえよ!この野郎(;´д`)
2019年3月28日 TOHOシネマズ日比谷/スクリーン13(旧 新・みゆき座)
事実に基づくストーリー
《RBG》の予告編みて「面白そう」って思ってたら、ルース・ベイダー・ギンズバーズの映画がやってたから観たの。
事実に基づくストーリーだから「え?」と思うところもあるのね。弁護士を諦めて教授になっちゃうとか。
それでもミセス・ギンズバーグの周囲で起こることを丁寧に描いていって、細かな伏線を張っては回収して、話は進んでくの。
『男性介護者には補助金が出ない』というのを『これは差別だ』として、これを契機に合衆国憲法に潜む男女差別撤廃を目指して闘うことにするんだよね。
でも、ミセス・ギンズバーグ法廷経験がないから、弁論がダメ出しされちゃうの。『もう駄目だ』と思ったところで反発してた娘が『私のためじゃなかったの?』っていうところが良かった。次の世代に、良い社会を残すために闘ってんだよね。
そして臨んだ裁判では、最初さっぱり駄目なんだけど(何が駄目かは良く解らないんだけど、どうも出演者の反応からすると駄目なの)、最後の反論で逆転すんのね。
ここ、良く解らないの。だから「そうなんだあ」と思って観るだけ。事実に基づくストーリーだからしょうがないね。
多分、判事の一人もさりげなく味方で、そことやり取りしながら引っくり返したんだと思うんだけど、その辺はあんまり深く触れてないかな。
映画の狙いと関係なく思ったのは、アメリカの人は裁判はディベートに過ぎないってことを良く知ってるね。法廷が真実を暴く場所だとは思ってない。アメリカは訴訟社会だっていうけど「揉めたらディベートで決めようぜ!」ってことなんだろうな。
こういう人達と外交でやり合っていたのかと思うと、日本政府関係者の皆様に対して優しい気持ちになったよ。
それぞれの役割を果たすために
実話を基にした女性弁護士ギンズバーグ夫妻の軌跡を辿ったドラマ。自分の場合は男性の立場から観たわけですが、中盤までの夫・マーティのように「なんだそんなこと」と言ってしまいかねない無意識の差別という現実がいつも横たわっていることを我々は常に意識していないといけないと思います。最後の見せ場、法廷でのやり取りは圧巻ですね。空気を操る手練れ同士のやり取りに群衆の空気が操られていき、ほんの少しの手がかりを辿って逆転を勝ち取ったルースの凛とした表情・立ち振る舞いは忘れられません。あらゆる人が選択できる立場になるために闘い続けたギンズバーグ夫妻に敬意を示しつつ、あなたも同じというメッセージを静かに受け取れるような映画です。
強気と冷静と夢を武器に
1970年といえばついこないだ。
人類は月に、大阪は万博だ。
女性だけでなく
ジェンダーにおける差別を
法律を変えて
保護される
それと戦った女性いや家族の話だ。
監督は、ミミレダー
プリシティジョーンズがキュートだ。
娘さん役のケイリースピニーも可愛い
係争中
ちょっと色々考えさせられる。
好感が持てるのは「男女平等」の肯定的な意見だけではなく、否定的な意見もしっかりと盛り込んである事だった。
肯定的な側面だけ描かれていたならば、ヒステリックと書いたかもしれない。
男女平等は幻想だと思ってて…やたらに権利だけを主張する時流にうんざりともするんだけど、この映画を観てちょと変わった。
「選択の自由を平等に与えるべき」って事だったんだな。
それならば凄く得心がいく。
そこから先の変化はオマケなんだな。
その選択を保護や保証できるような社会を整備していってるわけだ。
そして今も変化の途中なわけだ。
安定しているわけではなく、ガンガン世界は変わっていく。
言ってしまえば、その変化の原因だ。
…未来において「元凶」とならなければいいのだけれど。
対立する弁護士たちは口を揃えて言う。
「未来の子供達の為に勝たねば」
一方は女性の社会的地位の確立を。
一方は家庭の崩壊を。
前者はここで語らずとも何度も耳にする。
後者はかなりダイレクトな問いかけだった。
「ただいまと帰って来た子供を誰が迎えいれるのだ?子供達に寂しい思いを強いるのか?」
作品は語る…「今後、数千年の未来に関わる判例になる」と。
今、まさに変化のウネリの中にいる。
拡大解釈かもしれないが、少子化が進む原因の一端なのかもと思う。
セクハラやパワハラなんて言葉は生まれなかったかもしれない。
…子供の自殺とか、幼児虐待も減っていたかもしれない。
そう思えば、人の営みを根源から覆したと言えなくもない。
そのかわり女性が社会に進出した事によって築かれた恩恵も功績も享受できんが。
今は変革の途中なんだろうと思う。
その壁をぶち壊した事によって吹き出したウミを取り除いている最中なのだと。
ただもう後戻りは出来ない。
変わっていくしかない。
受け入れる他、術がない。
人類の意識を変化させた偉人になるのか、人類を滅亡の危機に直面させた大罪人になるのか…当事者達は、そんな事まで考えなかったとは思われる。
ただ、当時の女性達が置かれていた環境を思うと、偉業なのは間違いない。
選択の自由は権利としてあって然るべきだ。
その結果、折り合いがつかない事も出てきて当たり前だ。自由なのだから。
前出の帰宅時の子供の事にしたって、女性じゃなきゃダメって理由などない。
どっちが居てもいいんだ。
だが、しかし、どっちもが居なくてもいい理由にまで波及させちゃダメなんじゃないかと。
履き間違えちゃいけないのは、どっちかが居れる環境にしていこうって事なのだと思う。
そうする為の折り合いであり、着地点をそれ相応の代償を払いながらも探している途中なんだと思う。
ラストに出てきたご婦人はご本人なのかな?
穏やかな表情ではなく、ご高齢になっても険しい顔をされていたので、まだまだ彼女は戦っているのだなぁと思う。
そりゃあ相手が数世紀を経た歴史なんかでもあるので、この牙城を崩すのは並大抵の事ではないのだろう。
まだまだ答えは出ないんだろうな。
今の世の中が少なくとも破滅や破綻に向かってない事を祈る。
なんていうか、女性が社会に進出できなかった理由は「女は家庭を守るべき」って事ではなくて「子孫を維持する為に、女性を家庭で守るべき」ってのが発端だったような気にもなる。
それほど尊い存在なのだと。
まぁ近代社会において命の危険に晒される事も、まずないんだけどさ。
なんかそんな事を色々考えたなぁ。
いゃあ、色々根深いなぁ。
F・ジョーンズがヒーローに見えた。かっこいい!
嫁さんを映画誘ったら…
「あんた最近そんなん好きやなー。一人で行っといで!」
難しい映画かな思ってたけど、
ドラマやん!爽快な!良い映画やん!
彼女も凄いけど、旦那、娘も凄いと思いました。
(パンフレット買うか迷った…)
(館内 数人だけやった…)
チラシに「心の拳を高く振り上げずにはいられない感動実話。」
て書いてあった。
上手いこと言うなぁて思った。
「男女同権が当たり前と思っている現在。
そんなに遠くない過去に、
権利獲得の為に
頑張った凄い女性が居たことを
日本中の皆に観て欲しい!」
ピーコ(ファッション評論家)
Nor does the word ‘freedom,’ your honor. ノートリアスR.B.G.
アメリカ合衆国最高裁判所の判事ルース・ベイダー・ギンズバーグは「ノートリアスR.B.G.」というニックネームがあるらしいです。もちろんレジェンド・ラッパー「ノートリアスB.I.G.」をもじった物なのですが、本人(86歳!)も意外とこのニックネームを気に入ってるとか。因みにnotorious (ノートリアス)は「(通例悪い意味で)有名な,悪名高い」という意味とのこと。その年齢で、さらに最高裁判事という役職でもアメリカのポップ・アイコンになってるって流石です。
そんなルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)の若かりし頃を描いた作品です。いやー、メッチャ面白かったです。正直全然知らなかったんですけどね、RBGの事は。前に「辞めるとトランプ大統領が自分に有利な人選をするので辞められない」という最高裁判事のおばあちゃんがいることはニュースで読んだ記憶があるのですが、恥ずかしながら本作とは全然結び付いていませんでした。でも、変な知識がなくって逆にまっさらな気持ちで観れて良かったのかも。
今でも大学入試で女性を落としてたとか当たり前のように行われてて、差別ってなくならないなぁっと思うニュースが流れたりするのですが、今よりもっともっと差別が酷かった時代に平等を勝ち取る為に戦ったRBGの物語。
慣習に立ち向かうのってホントに大変だと思うんですよね。だってそれをやってる側におかしいっていう意識がないんですから。それが当たり前なんで差別してるとか微塵も思ってないんでしょう。ただそんな「当たり前」に疑問を持って、裁判という場で立ち向かうRBGに胸を揺さぶられました。もう最後の裁判のシーンの演説には心の中で拍手喝采でしたよ!
そんなRBG をフェリシティ・ジョーンズが熱演しています。キリッとした姿がカッコいい!信じた事をやり抜く強さも娘の姿から学んだりする柔軟性も見習いたい所です。そして夫役のアーミー・ハマーがまたいい!理解力あって知的でいいお父さんでもあるって素晴らし過ぎるでしょ!
エンディング・テーマのKESHA が歌う「Here comes the change」にもグッと来ました。っていうか、この歌で泣きそうになった。歌詞が映画ともマッチしてて凄い良かったんですよ。KESHA っておバカなパリピっぽく世に出てきたんですけど、近年そこから抜け出して自分の歌いたい曲を歌うようになって好感が持てます。「The GREATEST SHOW MAN」の時の「This is me」もジンと来ましたけど今回の曲も良かったですね。
正直差別ってなかなか無くならない問題だと思うんですよね。特に自分に中身がない人間程、何かにつけて差別しとかないと自分の優位性が無くなってしまうんで。男だからとか、年上だからとか、ホントにくだらない理由でマウント取りたがる。でも、そんなくだらない人間に負けて声を上げる勇気をなくしちゃダメなんだって改めて思いました。RBG だって最初は怖かったはずですしね。周りの圧力や偏見に負けそうな人は本作を観れば、ちょっと頑張ろう!って気持ちになれるのではないでしょうか?
差別や古い慣習に負けるな!頑張ろう!
再観賞
2020/9/22
ギンズバーグの訃報を受けて。
時代に負けず、差別に負けず、戦ったあなたはとてもカッコいい。
心よりご冥福をお祈りします。
映画館で見る必要はない。
悪い作品と言う意味でなく、家でゆっくりじっくり見たほうが理解できると思います。
女性の権利や地位が弱かった時代で、その時代に抗うギンズバーグ家の物語です。
女性弁護士を目指すも社会が認めてくれずなれないルース。
難病を乗り越えて優秀な弁護士として働くマーティ。
この二人を中心に話を進めていき、のちに母親のルースと喧嘩を繰り返しながら成長していく娘のジェーンが良いアクセントして登場してきます。
序盤でマーティが病気になり生存率は5%と言われ落ち込みながらも強く前を向いて生きていくルース。
この時は「博士と彼女のセオリー」とか「ビューティフルマインド」的な感じで進めていくのかと思ったんですが、あくまで情報の一部として処理されてあっさりと治っちゃう。
実際には大変だったと思うので映画でもこの部分をもう少し取り上げても良かったのでは?
そこを取り上げると映画のテーマの「性差別」を描く余裕が無くなるかもですが。
そして私の中で評価があんまり高くない最大の理由は、議論のテンポがとにかく早いことです。
この映画は会話というよりは議論をするシーンがとても多いですが、聞き慣れない裁判事例や法律の用語が多く出てくるのであんまり頭の良くない私は理解するのに大変でした。
英語も分からないので字幕をしっかりと見てないと何の話をしているのか分からなくなってしまうので演技を楽しむ暇も少なかったです。
なので、最初に言ったように家でDVDを止めたり巻き戻したりしてみた方が理解するのには良いと思います。
最後のご本人登場もキザ過ぎるかと。
性差別を撤廃したかったのか、ただ自分を認めて欲しかったのかよくわかりませんでした。
良い点はアミーハマーがずっとカッコ良いとこでしょうかね。明るくイケメンで難病も治っちゃって弁護士として優秀で家族思いで料理上手とか完璧すぎ。
あと、序盤のルースが家に帰ってきた時の短いカット割りは面白いと思ったし好きでした。
こんな感じですかね、何度も言いますが家でゆっくり見ることをオススメします!
性差別撤回を争った社会派エンタテインメント
1950年代はじめ、ユダヤ人家庭に生まれたルース・ギンズバーグ(フェリシティ・ジョーンズ)は晴れてハーバード大学の法科学生となったが、この時点で彼女は既に同じくハーバードに通うマーティン(アーミー・ハマー)と結婚し、子どもも授かっていた。
女性には弁護士への道は閉ざされていた時代。
彼女が得たの職は、黒人差別とのバーターのような黒人教授の代用としての教授職。
それから日は経ち、1970年代、世はベトナム戦争反対の嵐の中。
そんな中、彼女にある裁判を争う機会が訪れる。
それは、母親の介護費用を必要経費と認められなかった男性を原告にしたもの。
当時、介護費用を必要経費として認められるのは、税制上、女性に限定されていた・・・
という物語で、人権問題を扱った社会派映画だけれど、それを米国流のエンタテインメントとして魅せていく作品。
映画は、とにかく、脚本がよく練れている。
そりゃまぁ、ルース・ギンズバーグは実在の人物(それも存命中)だし、争った裁判も実際のものだけれど、それを、そこまでも含めて、どう見せていくか、というのが映画をつくる側の腕の見せ所。
本題の裁判に入るまでに、ルースが置かれた境遇を巧みに、じっくり、かつテンポよく描き、中心となる事案を、女性の問題としていないところがホント巧み。
原題「ON THE BASIS OF SEX」(性に基づく)のとおり、性差は文化であり、両性をどうとらえ、どういうように扱えばいいか(正しくは「都合がいいか」)という考えに基づいている。
そこのところを、有無を言わさぬように、原告が男性、という点で、突破口が開けたとのだと改めて思う。
いつもは、やや硬質な(というか能面のよう)感じで、あまり演技に奥行きを感じさせないフェリシティ・ジョーンズだが、今回は好演。
生来の硬質なところに加え、若干のメイクが今回は功を奏している。
アーミー・ハマーは相変わらず声がいい。
この声で弁が立つとなると、弁護士にうってつけ。
アカデミー賞作品賞を受賞した『グリーンブック』に引き続いてGAGA配給だけれど、同じような路線で観るといいかもしれない。
ただし「未来への大逆転」というサブタイトルは、いただけない。
最後の最後に、ルース本人が威風堂々と登場します。
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