「ディケンズを主人公にした「クリスマス・キャロル」リメイク作と思えば」Merry Christmas! ロンドンに奇跡を起こした男 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
ディケンズを主人公にした「クリスマス・キャロル」リメイク作と思えば
「クリスマス・キャロル」を執筆中のディケンズの姿と、「クリスマス・キャロル」のストーリーとを重ね合わせるようにして映画にする手法は、シェークスピアと「ロミオとジュリエット」を並走させた「恋におちたシェークスピア」や、J.M.バリーと「ピーターパン」を並走させた「ネバーランド」など、連想できる作品は多数ある。ただいずれもこの映画ほどにはフィクションではなかっただろう(「恋におちたシェークスピア」はフィクションの要素も大きいが、きっとこの映画ほどではなかったはずだ)。何しろ土台が「クリスマス・キャロル」である。この映画では、ディケンズ本人がスクルージと化して、過去の記憶や現在の出来事などから、過ちに気づきそして新作「クリスマス・キャロル」を書き上げるまでを描いている。これはさすがに厳密に伝記映画とは呼びにくいだろう。その手法で彼の伝記映画を作るのであれば、半自伝小説とも言える「デイヴィッド・コパフィールド」を使わなくては。だからこの映画は、ディケンズを主人公に置き換えた「クリスマス・キャロル」のリメイク作品、とでも思っておくのがちょうどいいかもしれない。つまりはファンタジーである。
この映画は、「クリスマス・キャロル」をストーリーの下敷きにして、「クリスマス・キャロル」を書くディケンズを重ねるようにして描くという着想だけがすべてで、つまるところそれ以上のものは見受けられない。ここで描かれた執筆の苦悩がどこまで信憑性のあるものかも分からないし、この作品内でディケンズが「クリスマス・キャロル」を執筆している様子も、クリストファー・プラマーなど空想の中の登場人物が動き出して起こる出来事を書き留めているだけのような見え方をしており、(クリストファー・プラマーらはあくまでディケンズの空想であるとは言えども)ディケンズの内側から生み出された物語であるという実感に乏しい。「恋におちた~」や「ネバーランド」が筆者が自らの羽ペンを動かして書いた物語だと感じられるのに対して、この映画は誰かの力によって動かされた羽ペンをディケンズは掴んでいただけのように見えてしまった。
とは言え、このクリスマスシーズンに観るに実に相応しい世界観の物語なので、さすがに毎年「クリスマス・キャロル」を見るのもなんだかね・・・?と思ったらこの作品で少し気分の違う形で名作を楽しむのもいいかもしれない。終盤にかけてはクリスマス気分を高めてくれる素敵な演出も忘れずに施してくれている。いくらかの不満もあったけれど、見終わった後で「クリスマスの気分を味わえてよかった!」と素直に思えた。出来れば今度は正統な形でディケンズの伝記を見てみたい気になった。