スターリンの葬送狂騒曲のレビュー・感想・評価
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イギリス映画らしいブラックコメディ
あんまり期待しないで観に行きました が意外と面白かったです スターリンがなかなか死なないのでなぜ?と思ってましたが部下との関係を分からせるためだったのですね フルシチョフが鉄道を走らせるところからシリアス路線になりラスト初めて間近で人が殺害されるシーンでは全然コメディ要素は入ってなかったです監督はいろんな人に当時のソ連の事を知って貰いたくてコメディタッチにしたのかも?でもみんな演技うまかったのでシリアス路線でも良かった気がします
皮肉な怖い映画
スターリンを悪者として描くことは、ナチス同様すでに世界中で許されたんだなと感じてはいたが、本作品では、スターリンを継いだフルシチョフについても、狡い悪人として描く。
ソ連崩壊によりそれもOKという風潮になったのか、それともさすがは英国の映画魂ということなのか。
巨星スターリンが堕ち(死に)、合議制に移行するに当たり、そのリーダーシップを争う、国家政治保安部(GPU)を率いるベリヤと、共産党を率いるフルシチョフの間で、死活をかけた勢力争いが、数日間繰り広げられる。
GPUをよく思わない軍部と組んだフルシチョフが、ベリヤを追い落とし、ベリヤの傀儡として立った書記長マレンコフも短期間で追い落とされるという、いわゆる 権力闘争 の話。
その中身は双方とも権謀詐術、つまり「狡い」「強引」のかたまりだし、二人以外の側近は、どちらについたら生き残れるか だけを考えている、つまり「保身」「妥協」にまみれた姿。
映画は、全編通してコメディタッチがベースで進むのだが、笑えないシーンばかり。このテーマでコメディタッチは、監督が外しちゃったんじゃないの?というのが、観ている間の正直な感想でした。
しかし、わかってやってるのかもしれない。国家運営の立場ですらこうだ、という醜さが映画の主題だから、観客が「フルシチョフは知を巡らせて巧妙に権力の座についた」という風に捉えることは絶対に避けたい。それが、このちっとも笑えない、モヤモヤするばかりのコメディ映画の理由なのかもしれない。
そういうわけで、この映画の私としての評価は、ドキュメンタリー、記録映画としてつけました。自分に歴史を教えてくれてありがとう。
邦題そのまんまの笑えない喜劇
恐怖から解放された側近たちが繰り広げるマウント・ゲーム。裏切り・殺戮(しかも皆殺し)・内ゲバ・二枚舌・たまにイデオロギー。戦国時代以前の日本や中国の歴史ものを見てる気分。要するに、「共産主義は近代国家に非ず」と、全力で左巻き達を揶揄しているだけの映画。
イギリス人ってなんなんだろう。一方でダンケルク・チャーチルを作りながら、よくぞ今、こんな脚本が通ったものだと感心することしきり。というよりも神経疑うよ。小さい舞台ならいざ知らず、メジャー映画っすよ。ロシアがマルクス・レーニン主義の放棄と否定を、事実上宣言したような出来事があったと記憶しているが、だからこんな映画が撮れるのかとも。
仮にです。日本人が、「毛沢東はいかにして1,000万人を静粛・殺害したのか」なんて映画を作ったら国際問題ですよ、確実に。だって、かの国は当時の体制を引き継ぎ続けていて、今も平時・自国民の虐殺を止めていない非近代国家ですから。
史実として記録に残ったものなどゼロでしょうから、完全なるフィクションと言っても過言ではない映画でしょう。ロシアとしちゃ神経に触るだろうし、上映禁止は当たり前でしょうよ。
非近代国家が核を持つことの恐怖。チャーチルがナチを止めた英雄として、今、描かれる事の無知。
スターリンやその後のソ連の狂い具合などを、今更中途半端に皮肉るよりも、もっと切迫した政治シニカルネタは、あり余るほどあるのになぁ、って思いました。
独裁者
独裁者はどこの国でもいつの時代でも似たようなもので、胸糞悪いものです。独裁者とその取り巻きって当たり前だけど、病的な超自己中しかなれないことを実感しました。スターリンの死後60年ちょっと経っても独裁がプーチンに引き継がれているのが、人間の愚かさなのか、保守的で変化を嫌う性なのか、なんとも言えないですね。ソビエトという国家が崩壊しても、独裁は死なず。
ソビエトの歴史を勉強してから鑑賞する方が、作品を楽しめたかもしれないのでちょっと反省しました。
自分だけが可愛い人ばっかり。
モーツアルトのピアノ協奏曲23番第2楽章が何回か
かかった。もの悲しげなピアノ。
ブシェーミを久しぶりにみたくて。すっかりおじいちゃんになったなーとおもいました。
結構笑ってしまいましたが、史実なんだとしたら彼らは何のために政治をしていたのだろうと思ってしまうかんじです。
政治家ってそんなものなのかな、とも。
多分どんな独裁者(と後に言われる人)も、最初は頼もしいリーダーだったのじゃなかろうかと思います(知らんけど)。
でも、頑張ってるうちに欲が出てきて、猜疑心が止まらなくって、ひれ伏す人々が滑稽で、おかしな方向へ行くのかな?と想像しました。
いやいや、そんな誰もが通る道とかではなくて、単に独裁者(と後に言われる人)の性質が異常だからああなった、なのかもしれませんが。
ロシアの話なのに、ロシア語じゃないっていう声もききましたが、
虚構における言語は、翻訳こんにゃく使用中って思うといいんじゃないかと。
全虚構界にドラえもんが配ってるんですよ。どうでしょう?
マレンコフさんとっても小物感が強い大きな人でした。
ベリヤさんがスターリンの別荘から女の子を連れだしてたのって、レイプ※の比喩なんですよね?めっちゃ子供でしたけど、、、きもいです。
名前忘れましたが、軍の人が初登場時にマントを肩でワッサーって弾き飛ばすやつ、めっちゃ面白かったです。仰々しいマチズモ感がたまらなくおかしくて笑わせてもらいました。
フルシチョフさんは、おたおたしてるんかと思ったら、後半一気に普通のことのように悪だくみを進めて、あれよあれよとベリヤさんを陥れていて、こっわーと思いました。
その他のおじさんたちはあまり印象もないです。
ただただ保身し、下克上できそうならやるけど、みたいな。
全員大した思想もなく、不遜な感じしかせーへんけどって思いました。
スターリンの別荘にいた人たちとかを、容赦なく殺していたのとか、
医者を殺しすぎてやぶ医者しか残ってないとか、
あの人たちはいったい誰のための政治をしてたんでしょうか。
そんなに人を殺して国家が成り立つと?馬鹿なの?って思いました。
実際がどうだったのかは知りませんがね。
スターリンを呪うメモを入れたピアニストさんは、架空人物かと思ったら、実在の方らしいです。あのメモを入れたかどうかは不明ですが。
スターリンの娘役の人(アンドレアライズブロー)は、バトルオブザセクシーズでビリージーンの恋人のマリリン役の人らしいです。後で知ってびっくり!全然イメージ違う!へえーーーーーーってなりました。
※レイプの箇所を強かん(女3つ)としていたら使えない文字があるから投稿できないってなった。なんで?
勉強してから観た方がよさそう
「興味深い」が、これがコメディかと言われると見方が分かれそうだと思った。ブラックコメディ仕立てにしたいのは分かるが割とシャレにならなくなってしまった、といった感じがする。笑っていいものなのやら...。
あと、ある程度の前提知識があった方がいい作品。そうじゃないとついていけなくなる。
歴史上の人物を演じるって大変だなぁ...。と。皆個性強烈なのでそこはよかったけど。
狂騒曲って…
狂騒曲とあると、喜劇をイメージしてしまうけど、喜劇か?って感じがしなくもなかった。皮肉めいたものがなくはなかったけど、なんか予定調和の中で話が進んでいったようにも思える。そして、予告編で受けたような面白い展開は、あまりなく…。
とかく最大権力者がいなくなると、跡目争いは熾烈を極めて、喜劇にはなりやすい。
例えば、三谷幸喜監督の『清須会議』がそう。
けど、人物像とか、背景とか、あまり知らなかったことも要因かもね…。
見る前に予習があった方が良いかも?
権力闘争のおぞましさ
スターリンと言えば、独裁者ということと、ポツダム会談で米英の首脳と並んで写る写真のイメージであった。彼の独裁が実際にどのようであったのか、この映画を観て、制作者の意図と共に理解した。
その制作者の意図というのは、ソビエト社会主義共和国連邦という国が、腐った土台の上に成り立った腐った国家であるという風に描こうとするものである。そしてそれはソ連だけにとどまらない。映画がロシア語ではなく全編英語の台詞になっていることがその証である。つまり権力闘争というものは醜いものである、それはソ連だけでなく英語を話す国においても決して例外ではないということを表現しようとしたのではないかと思う。そしてその意図はかなり成功していると言っていい。
フルシチョフは英雄視されていた大統領JFKのキューバ危機のときの交渉相手であり、強面で強かな政治家だ。キューバ危機を回避できたのは、若さで突っ走るJFKよりも、フルシチョフの老獪さによることが大きい。その老獪さはソ連の政治局内での権力闘争で身に着けたものだ。思えばキューバ危機は全体主義者同士の争いでもあった。
権力は必ず腐敗する。そして内政を安定させるために国外に敵を想定する。国家と国民の敵を他国に決めつければ、国家存亡の危機を煽り、一丸となって戦う全体主義の雰囲気を醸し出すことができ、そして権力者としての地位を維持できる。どこの権力者もやることは同じだ。アベシンゾウももちろん例外ではない。
本作品は権力闘争に勝とうとする人間たちのおぞましさ、浅ましさを描いた映画で、時には暴力も厭わない彼らの姿に身の毛がよだつほどだ。そんなソ連でも良識と良心の持ち主はいて、そのひとりである勇気あるピアニストをオルガ・キュリレンコが美しく演じていた。掃き溜めに鶴のたとえがふさわしい、場違いな美しさが男たちの醜さを際立たせる。相変わらず見事な演技であった。
貫くならどちらかに
1953年の旧ソ連を舞台に、最高権力者ヨシフ・スターリンの死が引き起こす権力争いや内部の動揺をブラックユーモアを含めて作られた作品ですが、ブラックユーモアにしなくても良かったかな・・・・確かに笑わせる部分もあるんだけど、しかし、ブラックユーモアにしなくても十分に映画の内容に出来たお話だと思うね。
この手の映画の場合、徹底的にブラックユーモアを貫くか、真面目に作るか、ある意味中途半端だと見てる方もね・・・
意外に旧ソ連ものなんて、話を作るにしてもいいアイデアだと思うので、どちらかを徹底して欲しかったな・・・
結構、生々しい場面もあるんだからな・・・・
私的には、ちょっと残念だったかな・・・・
笑いの裏側にある笑えないロシア
面白かった〜
かつてのソ連や、現在のロシア政権への皮肉がたっぷりと込められたブラックコメディ
5分に一回ぐらいの間隔で笑った映画だった
1953年
それまで、恐怖政治でソ連を統治していた書記長スターリンが死亡。
最高幹部たちは「次の統治者の座」を巡り、争奪戦を繰り広げる…
そもそも、スターリンは「暗殺リスト」に従って、毎晩のように気に入らない人たちを殺し、その恐怖で国民を服従させていた書記長だった
そのスターリンが亡くなった途端、党の最高幹部たちは、権力争い、縄張り争いを始める
それまで、スターリンに言われるままに処刑を実行していた政治家のベリヤは、不当に拘束された囚人を釈放して国民からの点数稼ぎをしたり
次の書記長の座を虎視眈々と狙うフルシチョフは、道化を演じつつ反ベリヤの勢力を集めたり
そんな彼らの動きは、まるでマフィアやヤクザの跡目争いそのもの
「これは、国を統治している幹部の話だよねぇ…」
と、何度思ったことか
しかし、残された彼らもスターリンの恐怖政治にうんざりしながらも、
結局のところ「邪魔者は殺せ」というスタイルは一貫して変わらない
そのロシアの悪しき体質は、現代にまで引き継がれ、プーチンの時代になっても変わらない
そのプーチン政権から逃れ、イギリスに潜伏していたスパイが殺された事件があったが、
この映画は、そのイギリスで作られた作品だ。
そこには製作者の
「ロシアは政権を批判したら殺される国だ」
という強いメッセージを感じる
その結果、この映画がロシアで上映禁止になったことを考えると、そのメッセージは現政権に届いたようだ
「邪魔者は殺せ」という「恐怖政治」はスターリンの時代から始まり、そのスタイルを変え、表向きは多少ソフトにはなりながらも、今もロシアの中で生きている
それを笑いを交えながら語るこの映画はすごいなと思った
そこは、さすがブラックジョークが大好きなイギリスらしい
周辺国からしたら、笑えない話だろうに…
観る前は、スターリンのことをあまり知らず、ついていけるか心配だったけど、知らなくても十分楽しめる作品だと思う
それと、この邦題の「スターリンの葬送狂騒曲」はすごくピッタリだと思った
そのままズバリのタイトルだと思う
看板に偽りあり
まずコメディではない。高度な意味ではコメディなんだろうが、少なくとも笑えない。
致命的なのは、フルシチョフもベリヤもドイツもこいつも俗物ばかりで、各々のキャラが勃っていないこと。
そこらへんも含めて「コメディ」といえばそうなんだろうけど…近代史マニア以外はスルーでいいっすよ。
権力
恐ろしい内容。
作品自体はコミカルにも描かれているのだが、その内容となると恐ろしい…。
実在したスターリンという人物。
どこまでが実際のエピソードかは空想の域を出ないのだが、作中で巻き起こる出来事は、まぁまぁ酷い。
そりゃ、本国ロシアでは上映禁止にもなるわ。
ロシアの話しを英語でやられる違和感は、やはり多大にあって、冷戦なんて言葉に馴染みのある俺ら世代は戦々恐々としてしまう。
物語は、没後の権力闘争のいざこざではあるものの…タガの外れた人間って生き物の本性を垣間見る。
法さえ自由に創造できちゃう人間の無慈悲さったらない。善悪の基準が法にはなく、全て正義で自身の行動を肯定できてしまう。
そんな輩たちが、絶対的な権力者の席の争奪戦を繰り広げるのだ。
話してる台詞、その時の音楽、上手にコメディ仕立てではあるけれど、その建前の裏に流れる血生臭さと言ったら常軌を逸してる。
笑っては観れるけど、見方を少し変えると途端に、目に余る程の社会派な一面が顔を出す。
よく出来た作品なのだろうけど…この作品のコメディ以外の側面には目を向けたくない。
歴史の勉強にはならないけど面白い
明るいタッチで実話を元に肉付けされてますが、こんな映画を作ってしまった製作者たちの勇気に感服です。
舞台は1953年のモスクワ。自国民の粛清に明け暮れていたスターリンが心臓発作で他界。空いたトップの座を狙って腹心たちの争いが勃発。最終的に出し抜いたのは誰…!?という話。
スターリンは、レーニンの後を継いで、ソ連によるロシア制覇を遂げた英雄なのですが、映画では、風刺色が強いので、ジェノサイド部分が強く浮き彫りになっていたので、とても悪い人な印象になっていました。全ては革命を守るためという強固さを表現しているんだなと感じました。
ロシアが舞台の話のくせに、登場人物が全員しれっと英語を話していることも何だか可笑しかったですが、スターリン(アドロアン・マクローリン氏)が登場した途端、中々似ているので、ビジュアルだけで可笑しくて、「細かい事はどうでもいいや〜(苦笑)」って思えるほどに、すぐに話に引き込まれてしまいました。
倒れたスターリンの診察を検討するも、有能な者はスターリンの粛清によって投獄か処刑されており、医者はゴマスリ上手かヤブ医者しか居なかったり、将来を考えずに、スターリンの、やりたい放題だったツケが要所要所に現れて、たちまち大騒ぎになっていく様が、いかにも独裁政治の爪跡っぽい演出満載で面白かったでした。
映画には描かれていませんが、映画の登場人物中に居るスターリンの後釜に着いた人物が、後にスターリンの個人崇拝で招いた弊害を暴露して、世界を驚かせるという歴史的事実が続きます。それによって、今までのスターリンを国家改革の英雄とあがめる風潮まで消え失せ、スターリンの名前は知っていても何をした人なのか、いまいち習っていないという世代が居るそうです。どの国も歴史が積み重なると習うことが増えて割愛されてしまうのは同じなんでしょうねぇ…。最近、時の人プーチン氏が、スターリンの政策を話題にすることもあるので、悪い歴史なら繰り返さないように…と、願うばかりです。
あと余談ですが、側近役のスティーブ・ブシュミ氏。だいぶん老けましたね。『レザボアドックス』が懐かしくなりました(苦笑)。
ブラック過ぎて…
独裁者の存在理由は、利用したがる取り巻きがいるから。で、彼らが出世するには、隣にいる同士諸兄の足を引っ張る。都合の悪い情報は、目撃者ごと始末する。ユートピアを夢みて始めた、20世紀最大の実験は、悪夢のようなディストピアを、地上に出現させたとさ…。(21世紀になっても、実験を継続している地域も、あるようですが。)
自分ファーストなおじさん達が、ブラック過ぎてコメディ状態という触れ込みですが、ちょっとブラック過ぎて…。ま、スターリンおじさんやら、フルシチョフおじさんが、英語使ってる段階で、パロディですけど。あれがロシア語だったら、もう笑う余地がない。エンドロールの映像通り、ブラック過ぎる怪作です。
歴史映画というより、イギリス産まれの風刺なんでしょうね。あなたの周りに、独裁者はいますか?、その取り巻きは、何人いますか?って、皮肉ってるようです。
ところで、劇中、ずいぶん人が死にましたね。訳も分からないまま。そこに居合わせただけで、粛清される。未来の私、あるいは家族が、同じ目に合わない為に、今できることは、有るんですかね?。
さて、皆さんのご近所には、どんなスターリンおじさんが、いますか?。
予備知識が必要
イギリス作品らしい随所に皮肉を効かせたコメディ映画です。ソ連史が好きなので楽しめましたが、スターリン・フルシチョフ・ベリヤの歴史上の動きを知らないと面白さが半減すると思いますので、観賞前にヤルタ会談からフルシチョフ失脚くらいまでのソ連史の復習をおすすめします。
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