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伏線は『飲食をさせてはいけない』しかし妻は普通に食べている。それが2回夢のシーン そして夫が食べようとして止められるきっかけでやっとヒューマノイドが逆だと分かる 今までシーンは妻の記憶がヒューマノイド夫に移植されているから、まるで夫の記憶のように観客にみせているミスリード 此処までは良くできているがそこからは寂しさを埋める人間ドラマ 世界観設定の浅さ 戦争後の復興が描いてないからリアリティを醸し出せない ヒューマノイドの科学的存在感を演出されてない 元々夫婦間がdryな設定は、だから失って気付くという心境の変化を表現したいのは分かるが、演出なのか演技なのか、塩対応 恥ずかしさが邪魔している 写真が手紙代わりならば被写体の構図をもっとメッセージ性の強いのにしないと心が揺れない 2週間限定というタイムリミットも生かしてないし、ラブストーリーならばとことん情熱を写さなければならないのに、どこまでも中途半端 ビッグバジェットなど夢にも引っ掛からない
上記が帰りの電車内でメモしたものだが、総じて言える事は、この作品はプロデューサはいなかったのだろうか?ということ。勿論、この手の自主制作に近い座組だと、監督兼プロデュースということなのだろうが、少なくとも監督にアドバイス若しくは強制権を持ってる人がいればもう少し万人に理解を得られるような仕上がりになったのではないだろうか。しつらえができていないから共鳴する人以外はなんのこっちゃ分らないもてなしみたいなものだ。腕はある片鱗は垣間見えているのだから、独善に陥らない善き隣人を得ることが今作監督への提案である。
追記:レトロな製品を散りばめてもそのメッセージ性が伝えられなければ、単なる世界観の混濁以外の何ものでもない