「この世界は暗澹として、それでも美しい」シシリアン・ゴースト・ストーリー つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
この世界は暗澹として、それでも美しい
ジュゼッペを想うルナ、好きな男の子のことを「夢みて」想い続けるルナの、夢と現の間で展開するラブ・ストーリー。
その中にも思春期らしい親への反抗や成長が描かれ、イタリア社会が抱える問題が見え隠れする。
いなくなってしまったジュゼッペを探して、彼のバックを拾いに戻ったルナは散らばったノートや筆箱を集めていく。その中に、多分ジュゼッペの宝物であろう悟空のフィギュアもあった。
悟空の髪が青い、というのが重要。青はジュゼッペの色で、彼とルナをつなぐ色だ。希望の色、愛の色、ふたりの絆の色である。
印象的なルナのコートは赤で、青い髪と赤い服の悟空がバラバラにされていることが、この映画の悲しい結末を予感させる。
ジュゼッペがいなくなった。どうする?
その問いかけは、社会に対する問いかけだ。大人はみんな何が起こったのかわかっている。わかっていて、関わらないようにしているのだから。
そんな態度に対してルナは問いかける。
ジュゼッペがいなくなった。どうする?と。
探して欲しい訳じゃない。ただ、変わってほしいだけだ。ジュゼッペがいなくならない社会のために、あなたはどうするの?
髪を青く染めるルナ。ジュゼッペの不在を気に留めないクラスメイト。ルナを問題視して髪を剃らせる親。
表面上は反抗の物語が綴られるが、その内部に潜むのはマフィアとの闘いの物語だ。
卑劣な行為を許さない、と声を上げる者。安寧のために目をつぶる者。そして、異分子を抑えこもうとする者。
周囲の人間が見たくないものから目を反らす中で、ルナだけはジュゼッペを見ている。ルナの心の中を「夢」という映像で見せながら、「夢」はその主であるルナを導く。
ルナ自身が薄々ジュゼッペの運命に気づいているから、ルナの夢は彼女を「死」へと誘おうとするのだ。
青い殺鼠剤をお菓子のように口にするルナ。ルナにとってジュゼッペとのつながりはもう「死」しかないのか…と思うと、胸が締め付けられるように痛む。
ルナを「死」へと誘う夢の中と、「こんなところで夢など見れない」と嘆いていたジュゼッペの夢が交錯したのは、ジュゼッペの愛がなした業だと思いたい。
ジュゼッペの夢を運んできたのは、小さなフクロウで、彼の思いがルナの親友・ロレダーナに届く。
ロレダーナだけは、ジュゼッペとルナのお互いを想い合う気持ちがはっきりと見える。
現実にはない出来事を巧みに視覚化することで、虚実織り混ざった幻想的な物語に多重な意味を持たせながら、仄かな希望を感じさせる美しい映画である。
悲惨な事件を忘れないという事と、悲惨に生きていくことは違う。
ルナはジュゼッペを忘れない。でもルナの目の前には天国のような青い海が広がっていて、友達がいて、抱きしめてくれる人がいる。
海は再生の象徴だ。雨が川となりいずれ海に帰るように、死者は生命が誕生した海に帰っていき、また新たな生命となるのだろう。
海は「私」につながり、「あなた」や「彼」や「彼女」とつながっている。
このつながりを、どうか忘れないで。
ジュゼッペがいなくなって、「私」に出来る事。その小さな一歩は、「彼」を忘れないことなのだ。
全身青い服に身を包んだルナの笑顔が、そう言っているように見えた。