「佐藤浩市以前の問題」空母いぶき るいこすたさんの映画レビュー(感想・評価)
佐藤浩市以前の問題
かわぐちかいじは「沈黙」以来のファンです。単なる戦争ものに留まらず、日本の立場を考え抜いたストーリーと登場人物はいつも唸らされます。
そうした原作の深さが、申し訳ないですけど、ほとんど感じられませんでした。佐藤浩市の発言で話題になりましたが、それ以前の問題です。
おそらく映画化にあたって中国をどう扱うかが最大の問題になったと思います。そして、ここを改変したことがすべての問題の元凶だと思われます。
まずタイトル。そもそもの前提を改変するなら、そのまま空母いぶきではまずいでしょう。サブタイトルをつけるなりして、原作から離れた設定であることを言わなきゃ、観客は原作を期待してきます。
前半に音楽をつけなかったことに意味はあるのでしょうか。音楽がないので、場面場面をどう見ていいのか迷いました。現場の緊迫感とコンビニの日常感が混ざり、逆に緊迫しているはずの場面が、間が抜けて見えています。リアリティーを追及という名の失敗した演出だと思います。
それから初島に向かい、拘束された自衛官の救助という当初の目的が途中からほとんど語られません。撃たれても撃ち返すか迷うという判断が最大のテーマですが、そればかりに終始して、例えば初島まで何キロとか、リミットまで何時間とか、見る導線を作って、そもそもの前提である救助に急ぐ中での判断を見せないとストーリーになりません。
それから敵や初島の状況に全く触れないのはなぜでしょうか?
マスコミやコンビニの場面を入れるくらいなら、そうしたかわぐちかいじの真骨頂である、相手との心理戦をきちんと描いてほしかった。
相手も空母いぶきに脅威を感じており、そうした軍拡競争と心理的恐怖が戦闘の原因であるという心理が全く見られません。
記者が垂れ流した動画で世界が動かされたみたいな安易なストーリーははっきり言って辟易としました。ひどいリスク管理だし、そこを狙うのが空母いぶきの艦長の役割でしょうか。
佐藤浩市の下し気味演出も上手くいっていませんね。気弱な首相が成長する演出にしたかったのかもしれませんが、最初は緊張感がなく、彼の背景が分からないだけにただ眠いだけにしか見えません。
そうした提案を役者にさせたのも貧弱なストーリーと演出が危機感を役者に与えたからではないでしょうか。
文句はまだまだあります。
アメリカがアジアにおける軍事プレゼンスを下げようとする一方、中国の驚異が強まっている現在、そうした中で日本にも空母いずもが就航するこのタイミングで、この漫画を映画化する意味合いは極めて大きい。素晴らしい目の付け所だと思います。
だったら、フィクションだとうたって、原作通り作ればよかったんですよ。どうせどこかの誰かが弱腰になって、圧力に屈したんでしょう。そんな作品、面白いわけがない。
自分は原作を改変することに抵抗はありません。ただ結論やメッセージが違うなら、別物として作ればいいと思います。
今のままなら、かわぐちかいじ、空母いぶきをエサにした駄作だとしか言えないでしょう。