「辛い現実を見て見ぬふりをした罪」ともしび とえさんの映画レビュー(感想・評価)
辛い現実を見て見ぬふりをした罪
これは、ちょっとゾッとする話だった
主人公のアンナ(シャーロット・ランプリング)は、夫と二人で慎ましい生活を送っていた
しかし、ある日、夫が刑務所に収監されてしまう…
この世には、賃金が出ない仕事に「主婦業」や「母親業」がある
常に、自宅を家族が過ごしやすく、快適な状態にしておくのが、その仕事だ
そして、まじめな人であればあるほど、常にキチンとした家にしておくことに注意を払っている
この映画の主人公アンナも、キチンと整えられたベッドや、アイロンをかけられたシャツを見れば、真面目なお母さんなんだなということがわかる
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夫が刑務所に入った時もそうだった
無事に夫を送り届け、その後も、いつもと変わらない日を過ごしていた
つまり、アンナからしたら「ちょっと夫は事情があって留守にしているだけ」のことであり、それ以外のことは、いつも通り主婦業をこなしていこうと考えていた
孫の誕生日にはケーキを焼き、夫が可愛がっていた犬の面倒をみて、仕事も今まで通り続ける
しかし、それでは世間が許してくれないということに気づいてしまうのだ
世間の人から見たら、妻は夫の共犯者でしかない
どんなにその現実から目を逸らして、今までと変わらない日常を過ごそうと思っても、そういうわけにはいかないのだ
そんなアンナの状況を象徴しているのが、 砂浜に打ち上げられたクジラだ
クジラは、いつものように海の中を泳いでいただけなのに、なぜか、砂浜に打ち上げられ、そこでジワジワと朽ち果てていくのを待つだけになってしまった
アンナも、いつも通り、真面目に毎日を過ごしていただけなのに、いつの間にか、ひとりぼっちになってしまった
しかし、それでも人生は続くのだ
その心境の中で迎えたラストシーンには、ドキドキしてしまった
本当なら、もっと泣き叫んでも良かったし、夫を見捨てることもできたはず
しかし、それをしなかったのは、彼女が主婦業を全うしたからだと思った
今まで通り夫を信じ、変わらない日常を過ごそうと思ったのだ
しかし、その真面目な性格が災いして、多くの物を失ってしまう
もしも、彼女に罪があるとするならば、それは「現実から目を背けた罪」だと思う
クジラが浅瀬で泳いでいることに気づかず、砂浜に打ち上げられてしまうように、現実から目を背けていると、いつの間にか一人ぼっちになってしまうのだ
これは、アンナだけに起きることではなくて、おそらく、多くの家庭で起き得ることで、だからこそ、なんだかゾッとしてしまう話だった
さすが、シャーロット・ランプリングのリアリティだった