劇場公開日 2019年2月2日

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「辛い現実を見て見ぬふりをした罪」ともしび とえさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5辛い現実を見て見ぬふりをした罪

2019年3月8日
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鑑賞方法:映画館

これは、ちょっとゾッとする話だった

主人公のアンナ(シャーロット・ランプリング)は、夫と二人で慎ましい生活を送っていた

しかし、ある日、夫が刑務所に収監されてしまう…

この世には、賃金が出ない仕事に「主婦業」や「母親業」がある

常に、自宅を家族が過ごしやすく、快適な状態にしておくのが、その仕事だ

そして、まじめな人であればあるほど、常にキチンとした家にしておくことに注意を払っている

この映画の主人公アンナも、キチンと整えられたベッドや、アイロンをかけられたシャツを見れば、真面目なお母さんなんだなということがわかる

夫が刑務所に入った時もそうだった

無事に夫を送り届け、その後も、いつもと変わらない日を過ごしていた

つまり、アンナからしたら「ちょっと夫は事情があって留守にしているだけ」のことであり、それ以外のことは、いつも通り主婦業をこなしていこうと考えていた

孫の誕生日にはケーキを焼き、夫が可愛がっていた犬の面倒をみて、仕事も今まで通り続ける

しかし、それでは世間が許してくれないということに気づいてしまうのだ

世間の人から見たら、妻は夫の共犯者でしかない

どんなにその現実から目を逸らして、今までと変わらない日常を過ごそうと思っても、そういうわけにはいかないのだ

そんなアンナの状況を象徴しているのが、 砂浜に打ち上げられたクジラだ

クジラは、いつものように海の中を泳いでいただけなのに、なぜか、砂浜に打ち上げられ、そこでジワジワと朽ち果てていくのを待つだけになってしまった

アンナも、いつも通り、真面目に毎日を過ごしていただけなのに、いつの間にか、ひとりぼっちになってしまった

しかし、それでも人生は続くのだ

その心境の中で迎えたラストシーンには、ドキドキしてしまった

本当なら、もっと泣き叫んでも良かったし、夫を見捨てることもできたはず

しかし、それをしなかったのは、彼女が主婦業を全うしたからだと思った

今まで通り夫を信じ、変わらない日常を過ごそうと思ったのだ

しかし、その真面目な性格が災いして、多くの物を失ってしまう

もしも、彼女に罪があるとするならば、それは「現実から目を背けた罪」だと思う

クジラが浅瀬で泳いでいることに気づかず、砂浜に打ち上げられてしまうように、現実から目を背けていると、いつの間にか一人ぼっちになってしまうのだ

これは、アンナだけに起きることではなくて、おそらく、多くの家庭で起き得ることで、だからこそ、なんだかゾッとしてしまう話だった

さすが、シャーロット・ランプリングのリアリティだった

とえ