劇場公開日 2023年11月3日

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「太平洋戦争の開戦前夜の上海を描いた映画」サタデー・フィクション 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0太平洋戦争の開戦前夜の上海を描いた映画

2023年11月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

最初は混乱した。劇中劇のリハーサル風景からスタートしたのだが、コン・リーが演じている劇中劇の登場人物、芳秋蘭と、映画の登場人物であるユー・ジンとを見分けることができなかった。監督のロウ・イエは、むしろそれを狙っていたのだろう。ただ、いつものように、少し我慢して観ていたら、大体わかった。登場人物の数もそれほどでなく、関係も極端に複雑ではなかったから。映画の冒頭、コン・リーはメイクも地味で精彩にかけ、不思議な魅力は伝わってくるものの、大女優らしいオーラは感じられなかった。後半は、もちろん一変したが。彼女は、前半の展開には、納得していなかったのかも知れない。

ユー・ジンは、養父のフランス人フレデリック・ヒューバート(なぜか英国名)に育てられた諜報部員で、上海に潜入する。表向きは、上海到着が紙面を大きく飾るほど著名な女優として、劇中劇「礼拝六小説」(原案は、横光利一の「上海」)に参加するため。第3の目的は、別れた夫ニイ・ザーレンを救出し、以前の恋人(劇中劇の演出を務める)タン・ナーと再会するためか。

舞台は、太平洋戦争の開戦直前、未だ日本軍の侵攻を免れている上海の共同租界(言わばアジール)。ほどなく、ユー・ジンのスパイとしてのターゲットである海軍少佐、オダギリ・ジョー扮する古谷三郎が上海に到着し、中島歩が演ずる護衛、海軍特務機関の梶原の出迎えを受け、ユー・ジンと同じキャセイ・ホテルに投宿する。新たな暗号の意味を、直接、現地に伝達するため。ユー・ジンは、行方のしれない古谷の妻、美代子と風貌が似ていることから、ヒューバートによって任務を託された。

ユー・ジンは、元の夫ニイ・ザーレンがキャセイ・ホテルの前で銃撃され、古谷が計画に従って狙撃手に腕を撃ちぬかれた時に、彼をホテルの診療所に連れて行き、麻酔からの覚醒時を狙って、太平洋戦争、開戦時の暗号の意味を聞き出そうとする。

この映画の見どころは、どこなのだろうか。おそらく、監督ロウ・イエが注目したのは、30年代の建物が、キャセイ・ホテルを始め、そのまま撮影に使えたことだろう。特に、四角錐と三角屋根で名高いキャセイ・ホテルの窓から見えた上海を代表するバンドの眺望が印象的。それにしても、雨の場面が多かった。モノクロの画面を活かすためだろうけど。しかし、何と言っても、開戦の前夜、汪兆銘の南京政府(日本寄り)、敵対する蒋介石の重慶政府、日本の陸海軍、ヨーロッパ(ドゴールの率いるロンドンのフランス亡命政権)のスパイたちが、開戦の情報を巡って、抗争するところだろう。劇中劇のリハーサル等で出てきた当時の上海は、演劇、ダンス、食事の様子、背景になるホテル、劇場、カフェなどの建物と室内、移動手段が殆ど車であることなど、見事なまでに都市生活の様相が明らか。もちろん、当時の東京の比ではない。

でも、困ったことが一つ。太平洋戦争の開戦を12月7日としていたこと。確かに、開戦時、日本海軍が侵攻したハワイの現地時間は12月7日(日)、しかし、それより少し早い時刻であったとされる日本陸軍のマレー半島への侵攻の現地時間も、その時の日本の時間も、上海の時刻もすべて12月8日(月)である。それを認めることができたら、エンディングもより魅力的なものになったのではないかと思う。

もう一つ残念であったこと、最初にオダギリ・ジョーに与えられた役割を、その後の撮影の経過の中で、古谷(オダギリ)と梶原(中島)に分割したと聞く。なぜ、そんなことをしたのだろう。あの日本人離れした風貌のオダギリが、優しさを内面に秘めて、外面は剛直でやや生硬に(「ラスト・エンペラー」における坂本龍一のように)当時の日本人を演ずることができたら、どんなに良かったろう。きっと世界中から彼にオファーが殺到したに違いない。もちろん、ロウ・イエからの「徹底的に冷酷な特務機関員を演じて欲しい」という要求に見事に応えた中島歩は、素晴らしかったが。

詠み人知らず