「クリストファー・ロビンは仕事人間になんかならない」プーと大人になった僕 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
クリストファー・ロビンは仕事人間になんかならない
プーさんと言えば優しくてほのぼのしてて同時にどこかシュールでちょっぴり哲学的な物語。それは原作の児童書もさることながらディズニーを代表するアニメーションの一作でもあるわけだけれど、その世界観がそのまま実写として作り変えられた・・・と期待するのはどうやら違っているようだ。何しろこの映画は完全に大人向け。クリストファー・ロビンは結婚して所帯を持ち、戦地に赴き(実際にモデルとなったA.A.ミルンの息子クリストファーも戦地に行っているようである)、仕事に疲れ家族との関係にも陰りが見えている。そんな中年のクリストファー・ロビンが主人公で、映像も全体的に薄暗く、ジメジメと辛気臭いような印象を受ける。あの愛らしいクリストファー・ロビンの大人になった姿として描かれるにはあまりにもリアルというよりいっそ「夢のない設定」だという気がしないでもないが、そこは上手に描けてさえいればまったく問題ではない・・・はずのだけれど、私はこの映画のクリストファー・ロビンを、極めて安易に「仕事人間」にしたのは大いに不満を抱くところだった。仕事に取りつかれ中年の危機に陥ったクリストファー・ロビンを描くにしたって、安易というか安直というかなんというか。
私の個人的な印象としてクリストファー・ロビンは孤独な少年である。兄弟がいる様子も見えないし同世代の友人が多数いる様にも見えない。100エーカーの森という架空の場所を作り上げ、自分のお気に入りのぬいぐるみに名前を付けて空想の世界で遊んでいるような内向的な少年だ。あくまで私の印象として、クリストファー・ロビンは他人より感じやすく、他人より思想家で、他人よりひどく繊細な少年だと思う。だから私はずっと、クリストファー・ロビンが大人になるのはきっと困難だろうと思っていた。感受性が鋭くてセンシティヴな少年が大人になろうとするとき、汚い社会との折り合いに悩んだり、人間関係の醜さに傷ついたりしてしまうだろうと。クリストファー・ロビンが大人になって何かに悩むとすればきっとそういうことではないだろうか、と思っていた。しかしそれがこの映画では存外簡単に社会に染まって「仕事人間」で片づけられてしまったのが、冒頭から感じていた違和感の原因だと気づいた。
大人になった今も少年時代のままに純粋で繊細であるが故、社会になかなかなじめないクリストファー・ロビンの前にプーやイーヨーたちが現れ
”きみはきみのままでいい”
”きみ以外の何かになろうとしなくていい”
それこそ
”「何もしない」をすればいいんだよ”
とさりげなく気づかせてあげる。そんな映画を私は見たかったのかもしれない。
ただそれ以上に私が疑問を感じるのは、仕事を頑張ることの何が悪いのか?ということ。時折、映画の世界では仕事人間は悪しき存在のように描かれることがあるけれど、何がいけないんだろう?とその都度思う。クリストファー・ロビンも、不器用ではあるけれど妻も娘も心から愛しているのは十分感じられるし(伝え方が下手なのは間違いないが)、家庭を持った人間として誰かが働いて生活費を稼がなければ物理的に生きていくことが出来ないのだから「何もしない」をしているだけで食べていけるなら私だって明日にでも辞表を出したいところだ、と嫌味も言いたくなる。でもそうはいかないから日々歯を食いしばって働いているのに、それがどうして忌まわしいことのように思われているのか?と不思議に思う。
そうやってこの映画を斜にしか見られない私は、心底社会に染まってしまった人間なのだろうか。それでも私は、この映画の思想を安易だと言わずにいられないのだ。