「許して女神ヘラ ここにはいられない」心と体と いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
許して女神ヘラ ここにはいられない
ハンガリ-版ラブコメwithチョイグロ。
所謂、屠殺場が舞台という特殊な設定に何やら不穏な感じを抱くのだがアバンタイトルは森中の牡牝の鹿。これがかなり綺麗に撮れている。凛とした白基調の背景に2匹の息使いや動きの繊細さ。これが今作の大きなシンクロニシティである。
場面転換で食肉加工工場での屠殺のショッキングな映像。頭を落とされる牛のシーンが何とも物語を濃くしている。只直接的には余り意味を持たさず専らヒロインの検査官の女性の無機質なロボット的行動が描かれる。工場内での窃盗事件での心理アプローチからの聞き取り捜査からもう一人の主人公である財務部長と同じ夢(冒頭の鹿)を観ていたことから互いに意識し始め、そこからの紆余曲折が繰り広げられるのだが、このプロットは日本の漫画によくあるパターンだ。愛情が巧く表現出来ないヒロインがドタバタ劇を繰り広げるコメディタッチは東欧でもお馴染みなのだろうか。ヒロインの健気でいじらしい努力も又、男心が動かされ、中々キュートな演出である。
ラスト前の二人の諦めからの自殺未遂のシーンはかなりキレキレのジェットコースター展開。かなりエグく縦に手首を斬るのも、凶器をわざわざガラス戸を割って(いつもガラス越しに外界を観ていた事への復讐のように)使うのもやけにリアリティを表現していて、前半のとさつされた牛から噴き出す血のそれと同じように心が締め付けられる。女神ヘレの悪戯か思し召しか、CDplayerの故障と彼からのスマホの着信で、切なさから180度転換のトキメキは、病院での治療もそこそこなシーンで辛口のギャグを演出させていてクールだ。
しかし今作品、ラストはハッピーエンドには終らせないオチになる。二人で過ごした翌朝の食事シーンでの明らかに性格の差異の落差の絶望観に先が思い知らされる気持ちにされてしまうのだ。あの夢も観なくなるのも幸福とも不幸とも取れる、観た人に委ねる作りである。メタファ-とダブルミーニングが散りばめられた本作、色々と解釈し甲斐のある良作である。
追記:ヨーロッパに於ける『鹿』は生贄の意味を持つそうだ。なので、映画に於ける『鹿』はマグガフィンとして『犠牲』がテーマになるのだが、本作品における犠牲は、食肉牛なのかな?否、やはりヒロインの恋心が犠牲になるラストだと思ったりするのだが・・・