「社会的な自殺、復讐としての他殺。」ローマンという名の男 信念の行方 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
社会的な自殺、復讐としての他殺。
本国でも作品評価がよろしくなく、結局日本でもDVDスルーになってしまった一作だけれども、個人的にはなかなか楽しめるいい映画だった。こういう映画と出会うといつも気づかされるのだが私は多分「過ちを犯す人間のこころの動き」をドラマに見るのが好きなのだと思う。だから私はヒーロー映画が苦手だったりする。
原題の"Roman J. Israel, Esq."にある"Esq."の意味が分からず、なんなら読み方すら分からないな、なんて思って調べてみた。主に法曹界で使われている敬称らしく、この映画の主人公ローマンのように自ら"Esq."をつけて名乗るのは珍しいことのよう。でもこの映画の場合、ローマンがそうして"Esq."を付けて名乗っているところに、彼自身の人としての尊厳の高さや、法律家であることに対する責任感のようなものが表現されているように思え、"Esq."の敬称に恥じぬ人間であらんとする彼の人となりを知る一つの手がかりとして効果的だと感じた。そう、彼は見た目こそ時代遅れの洗練されない衣服をまとってはいるものの、人としての気位や品格の高い善良な人物。そんな善良な男の正義感やモラリティがぐらりと傾き、彼を法や倫理に反した行動へと手招いていく様子と、その時に生じるこころの揺らぎがドラマティックに描かれたなかなか良質な社会派ドラマだったと思う。
この映画の中には3人のローマン・J・イズラエル,Esq.がいた。優秀だけれどもひどく内向的で老いも隠しきれない一人目のローマン。そしてある悪事に手を染めたことによって皮肉にもみるみる洗練され自信を獲得していくローマン。そしてその悪事が表沙汰となり始めたところから一度は見失いかけた自らの信念と直面していくもっとも裸に近いローマン・J・イズラエル,Esq.。一人の人間でありながら、置かれた状況によってその様子を見事に演じ分けるデンゼル・ワシントンのベテランの奥義が素晴らしくて、名優とはこういうものだというのを見せつけられるかのよう。そして対抗するコリン・ファレルがまた冷静かつパワフルな演技で向き合っていて実に充実した演技対決。物語の「善良な人間が悪事の誘惑に負け人生が大きく狂わされていく・・・」というプロット自体にはさほど目新しさはないものの、そこに二人の熱量の高い演技と、「ナイトクローラー」の晴れ晴れしい実績も記憶に新しいダン・ギルロイ監督のシャープな演出が作品を一気にグレードアップさせていたと思う。
ただどうしても納得がいかないのが結末部分で、悪事が露見し逃げ場を失ったローマンがその後にする行動には、ローマンが元来善人であることを確かめるような強調しか存在せず、さらに彼を銃口が狙うことでローマンに同情を寄せさせ、更には銃声が響くことで彼の禊がさも済まされてしまったかのような印象操作を感じてしまい、ローマンの償いや自らの信念に背いたことに対する自責と言う部分があまりにも簡潔かつ表面的に済まされてしまったような気がしてならなかった。ローマンほどの人格者であるならば、禊も済まされぬうちに銃で撃たれるのは不本意であるはずだ。何しろ彼は社会的に自殺しようとした人間だ。己の人権を奪ってほしいと法に呼び掛けた男だ。それを復讐の他殺で決着をつけるのはあまりに安易だ。私はアメリカの法制度に疎いので、ローマンがあの銃弾に伏したのか辛くも生還し裁判が行われようとしているのかはちょっと理解できなかったが、いずれにしても、悪事に手を染めた後のローマンに対してあまりに甘い結末ではなかったか?と思ってしまった。