「地味。でもそれが「人」というもの。」ファースト・マン キレンジャーさんの映画レビュー(感想・評価)
地味。でもそれが「人」というもの。
宇宙空間で起こる様々なトラブルを乗り越えて偉業を果たし、奇跡の生還…といった、いわゆるSFモノとは違う。
キャラクターの体温さえ感じる距離感で、人間の姿を上品に、穏やかに、そして切なく描いたヒューマンドラマだった。
派手な演出は少ない。
「ゼロ・グラヴィティ」とか「アポロ13」みたいなモノを期待すると物足りなく感じるかも。
宇宙でのシーンについても、『神の視点』とも言える「引き」の画はほとんどなく、観客に与えられる「画面の揺れ」と「計器に現れる数字の動き」「小さな窓からわずかに見える外の景色」といった情報から何が起きているかを感じる、つまり搭乗員と同じ『人間の目線』で事態を乗り越える、というのがこの映画のスタンス。
そして「音」。
音楽の良さはデイミアン・チャゼル監督作品である以上もちろん言うまでもないが、今回も、小さな音、その距離や方向に至るまでこだわり抜いた感じは否めない。
鑑賞中、音の発生元を求めて振り向きたくなったのは私だけではないのでは?
主人公のニール・アームストロングは決してスーパーヒーローではない。過酷な訓練に耐え、社会の批判の矢面に立たされながら、それでも口数は少なく、感情的になることもない。だからこそ観客は「変人」にさえ見えてしまう彼の内面を覗きたくなる。彼の見ているモノを、彼の視点で、彼と同じコクピットに搭乗することで感じ…たい。
ラスト、(月面着陸は史実だからネタバレではないよね)大切な人を失いながらついに月面に辿り着いた彼が何を思い、何をしたのか。
世界の歴史に名を残した偉人の物語ではなく、一人の職業人であり、一人の夫、一人の父親としての彼の姿を描いている。
極端に言うと、ある男性に焦点を当ててドラマを作ったら、たまたまそれが人類で初めて月に降り立った人物だった…と言ってもいい。
『人間を描く』
鑑賞直後よりも、家に帰って思い出し、噛み締めるほどにその作り手の想いが伝わってくる気がしている。
観た方なら分かるはず。
あのラストシーンの二人が、何と可愛らしく、優しく、何と美しく、愛おしいことか。
奥さんのクレア・フォイの演技も素晴らしい。この人、ホントに役によって別人に見える。
とっても大人な映画。
今までの監督作品は皆好きだが、中でも本作が一番好きかも…というか、時間が経ってどんどん好きになっていく自分がいる。
ぜひ、あの「月」を大きなスクリーンで感じて頂きたい。