ファースト・マン : インタビュー
デイミアン・チャゼル&ライアン・ゴズリング 歴史的偉業よりも描きたかった「家族の姿」とは
「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督&主演ライアン・ゴズリングのコンビが再びタッグを組み、人類で初めて月面に足跡を残した宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描いた「ファースト・マン」が、公開中だ。1969年、世界中が固唾をのんで見守った月面着陸という歴史的偉業を、あえて本人と家族の個人的な体験として描いた。これは、ひとりの男の喪失と再生の物語だ。(取材・文/編集部、写真/奥野和彦)
「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という名言を残した、アポロ11号の船長アームストロング。ジェームズ・R・ハンセン著「ファースト・マン ニール・アームストロングの人生」を基に、当時の宇宙飛行士やNASA職員たちの奮闘、そして人命を犠牲にしてまで行う月面着陸計画の意義に葛藤しながらも、世紀のプロジェクトに挑んだアームストロング自身の姿が描かれる。今作は「ラ・ラ・ランド」製作前から企画が進み、チャゼル監督の「彼以外は考えられない」という強い希望でゴズリングのキャスティングも初期段階で決定。まさに二人三脚で作り上げた作品だ。
気心知れたふたりの間には和やかな空気が流れていた。筆者がNASA限定バージョンのスペースペンを取り出すと、ふたりは大盛り上がり。ゴズリングが、「(月着陸船パイロットの)バズ・オルドリン役のコリー・ストールは、初めて俳優として稼いだお金でスペースペンを買ったんだって」と小ネタを披露すると、チャゼル監督は「本当!? それって完璧じゃないか! その話は誰も知らないよ……」となぜか少し残念そうな顔。「カットしちゃったんだけど、皮肉にもバズが点火スイッチの不具合をスペースペンで押して直すシーンを撮影してたんだ。これは史実に基づいていているんだよ」と裏話を披露してくれた。
「ずっとペンの話をしていてもいいよ(笑)」と、茶目っ気たっぷりに話すゴズリングからは想像もできないほどに、演じたアームストロングは悲劇に打ちのめされ続ける。あまり知られていないが、61年にアームストロングは最愛の娘カレンを病で失っている。その悲しみから逃れるように、空軍のテストパイロットの職から離れ、アポロ11号計画に繋がるNASAのジェミニ計画の宇宙飛行士に応募するのだ。
宇宙が題材のショーアップされた映画は数え切れないほどあるが、今作はあえてその真逆を追求。最高に華やかに描くこともできた人類の偉業を、親密な家族の物語に仕上げた。
「最初からライアンとは、宇宙よりも家族の姿を描くことを重視したいと話していたんだ。歴史の本が語るような壮大な物語ではなく、家族のホームビデオのように感じる、小さくて親密な事柄を描きたかった。(家族や友人との)親密な空間は16ミリフィルムで撮るというアイデアに、みんなが興奮していたよ」(チャゼル監督)
ふたりは、実際にアームストロングの家族とも多くの時間を過ごしてリサーチを重ねたという。インタビューの前日に行われた会見で、実在の人物を演じることに「プレッシャーを感じていた」と語っていたゴズリング。映画の完成時に気になったのは、やはりアームストロングの家族の反応だった。「ぼくらにとって1番の基準になったのは、ニールと(当時の妻である)ジャネットの2人の息子であるリックさんとマークさんの気持ちだ。テストの合否は彼ら次第だった。だって、彼らにとってニールとジャネットは歴史上の人物ではなく、あくまでも父親と母親だからね。だからこそ素晴らしい映画を作りたかったし、敬意を払いたかった。彼らが映画を支持してくれているのを感じて、安心したよ」
チャゼル監督は、「ライアンが今作を、『これは月面着陸に挑戦する男の物語だと思うかも知れないけれど、それよりも、いろんな意味で地上に戻ろうとする男の物語なんだ』と言い表したことがあって、それがすごく僕の胸に響いたんだ」と、ゴズリングの今作への解釈を絶賛する。「これは、大きな喪失を経験したことで碇を失い漂っている男が、物理的にだけではなく感情的にも、(地球や家庭という意味での)“ホーム”への帰路を見出そうとする物語だから」
観客は、ゴズリングやジャネット役のクレア・フォイの演技、チャゼル監督のきめ細やかな演出で、そのメッセージを痛いほど受け取ることになる。ゴズリングの感情を抑えた演技から、当時の宇宙飛行士が“片道切符”を覚悟していたことを悟らせながらも、不安を募らせていく家族の描写で、このミッションの最重要事項は彼らを再び地上に戻すことなのだと印象付ける。
アームストロングらアポロ11号の乗組員が全員無事に地球に帰還したことは、史実として周知の事実だ。それでも、小さなブリキ缶のような宇宙船に乗り込み、一瞬で死をもたらす未開の宇宙空間に飛び立つ姿を見ると、手に汗握らずにはいられない。
そんなことを実際にやってのけた男たちの精神構造はどんなものなのか。実際に、月面着陸というミッションを達成するまでに、たくさんの宇宙飛行士が犠牲になった。劇中で、親友ともいえる仲間の死を知らされたときのアームストロングの絶望を、ゴズリングは最小限の演技で効果的に伝える。
「お世辞を言うわけじゃなくて、物語を伝えるのはすべて監督の手腕だ。デイミアンのような素晴らしい監督と働くのは本当に楽しい。小さな仕草でたくさんのことを物語れるように演出してくれているからね。役者としては、与えられた役柄を自分なりの解釈で、心に従って誠実に演じるだけなんだ」(ゴズリング)
これまで数々の難役を演じてきたゴズリングだが、「『ニール・アームストロングを演じる』と言うと、みんなに『そうなんだ……頑張ってね!』と言われたよ」と笑う。「世間的には、感情を表に出さない人というイメージがあったからね。でも、実際にお会いした彼の家族や親しい友人の方々は、そんな風には思っていなかった。世間には見せなかった彼のチャーミングさや、ユーモアのセンス、愛情深い一面を教えてくれたよ。だから、常にその両面を見せることを心がけていたね」
家ではしゃぐ子どもたちに、アームストロングが「反省するために壁に向かって立っていなさい」と命じ、ジャネットとこっそり笑い合うシーンがある。何気ないが、彼のお茶目な一面が垣間見える場面だ。「あのシーンは素晴らしいよね。デイミアンが2週間“カメラテスト”と称して、ずっとぼくたちを撮っていたときのものなんだ」「一般家庭でいかにもありそうなこと。そういう瞬間を意図的に描写するのは難しいし、台本に書いてあって演じるのはもっと難しい。デイミアンがぼくたちに家族として過ごす時間を作ってくれたおかげで撮れたシーンだよ。あの期間で撮ったシーンは映画にたくさん使われているんだ」
真面目に語るゴズリングの横で、チャゼル監督は「自分の子どもにもそう言ってるの(笑)? あれはライアンのアドリブなんだよ」と暴露。ゴズリングは、「言わないよ(笑)! いかにも60~70年代の親父みたい。そんな古風なしつけはしていません(笑)」と、父の顔をのぞかせた。
ミュージカルに伝記ドラマ、互いに確かな信頼を寄せ友情を育んだふたりは、次は何を見せてくれるのか。底知れぬ最強タッグの今後に、期待は高まるばかりだ。