劇場公開日 2018年5月25日

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「その出会いこそ求めていたもの」恋は雨上がりのように つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5その出会いこそ求めていたもの

2023年12月16日
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鑑賞方法:DVD/BD

「ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。」とは、芥川龍之介の作品だ。有名すぎる「羅生門」の冒頭である。
思えば二人の出会いは雨の日で、あきらは雨がやむのを待っていた。
楽しかった、全力だった、夢中になれることだった陸上。それがぽっかり無くなったあきらは、外の雨と同じくらい、心もどしゃ降りの雨だ。

「羅生門」の下人は朱雀大路に1人きり、他には人影も見当たらない。
しかし、あきらには傘を差し出してくれる人がいた。
「雨がやむのを待つだけじゃ、つまらないでしょ?」
その男は温かいコーヒーと、温かい気遣いを差し出して、静かに去っていった。

「羅生門」は映画の中にもちらりと登場する。あきらが恋する店長の、夢の墓場のような部屋のなかに、良く読んでいるものなのか、趣のある古書のような「羅生門」が、すぐ手の届くところに置いてあった。
あきらに告白されて、1人部屋で紫煙をくゆらせる店長の、暗唱するのも「羅生門」である。
「云わばどうにもならないことを、どうにかしようとして、とりとめのない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなしに聞いていたのである。」

雨音にふと思い出す一節、ただそれだけだったのかもしれないが、「羅生門」の下人がこの時とりとめもなく考えていたことは、「悪人になるか餓死するか」の二択だったことを思えば、店長の気持ちは少し自嘲的な気持ちだったのではないだろうか。
「橘さんと良い感じに付き合う」ということは、大人として許されざる行為であり、「橘さんの事を受け入れない」ということは、何にも無い、索漠とした人生に舞い戻るということなのだ、と。
彼の心もまた、雨模様である。

店長から見れば、あきらは若く、輝いていて、やりたいことを何でもできる、眩しい存在。
そんな彼女が自分に好意を持っているなんて、とてもじゃないが信じられない出来事だ。どんよりと垂れ込めた雨雲だらけの人生に見えた、太陽の微笑み。そんな感覚だろうか。

心の雨をほんの少し、遮ってくれた存在。そのほんの少しを、恋と思うか思わないか。二人の違いはそれだけ、のように思う。
店長に出逢わなければ、あきらは自分がなぜ走っていたのか思い出せなかっただろうし、あきらに出逢わなければ、店長は心の財産を思い出せなかっただろう。
ラストで何だか胸がじんと痺れて、柔らかな暖かさを感じるのは、二人の心に雨上がりの爽やかさを感じるからだ。

走る小松菜奈がスラッとして美しく、とても良い。競技用のユニフォームも良いけど、海辺で走るワンピース姿も、海に負けないくらいキラキラ輝いていてオッサンじゃなくても眩しすぎる。
黙っているときのツンとした迫力と、笑っているときのギャップも最高だ。ああ、恋してるんだな、としみじみ思う。

とても狭い世界の、小さな再生の物語を、少しコミカルに、情感たっぷりに描いていて、とても楽しめたね。

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つとみ