「うつろいゆく日々に気付ける幸せ」日日是好日 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
うつろいゆく日々に気付ける幸せ
エッセイスト森下典子の自伝的エッセイを映画化。
大学生・典子が、なんとなく始めた茶道の魅力に少しずつ
惹かれ、やがてそれを人生の一部としてゆく様子を綴る。
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まずは、主人公を演じた黒木華がすごく良い。
1993年から2018年までの25年間を演じているが、
キャッキャッと笑う大学生の頃から物腰が
少しずつ落ち着いていく感じがリアル。
些細な失敗や劣等感が積み重なり、自分が誰より無価値
に思える場面の感覚には、思わず胸が苦しくなった。
そして今年9月に亡くなった樹木希林は……
僕はいつも彼女の演技をどう説明したものか
と困るのだが、彼女はそれそのまま銀幕の裏側で
実際に呼吸している人物にしか見えないのである。
いつもユーモラスなのに、茶道の時の
ピンと張り詰めたような厳かな空気が凄い。
従姉を演じた多部多華子も良かった。
快活で楽しいが、ピシッとする所はピシッとしていて、
なるほど生き方にも悩みにも典子が憧れる素敵なキャラ。
あとは鶴見辰吾……いつも柔和な表情で、愛する娘を
優しく見守るお父さん、メチャクチャ良かったです。
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さて、ここらで早めに不満点を書いてしまおうか。
まず、主人公にとって最も大きな挫折として描かれた
恋人との別れを、モノローグのみで説明した点。
恋人との様子をわずかでも映像で見せてくれて
いればよかったのだが、かなり唐突に映画の
トーンが変わったように感じてしまった。
もう1点は、終盤の梅雨音のシーン。
あの心象風景はややエモーショナル過ぎたと思う。
主人公の胸中と現実の所作とのコントラストが
激しすぎて、不整合を起こしていたように感じた。
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しかしどちらの不満点も、繊細な映画だからこそ
感じられる微妙な匙加減の部分だと思う。
繊細という言葉の意味は「細く小さく優美な様」らしいが、
この映画は小さな所作、細かな音にまで気を配る
茶道の作法そのものが見所となっていて面白い。
袱紗(ふくさ)という布を折りたたむ動作だけでも、
たたむ順番・持ち手・角度とンまぁ細かい細かい。
体の角度、足の運び方、お茶器を持つ指先の形、
水のすくい方に落とし方……お茶を呑むまでに
いったい何十の手順を踏むのかと軽くクラクラ。
一見無意味に思える作法もかなり多いのだが……
(先生も「とにかくそうするものなのよぉ」
みたいな説明しかしてくれなかったり(笑))
意味があるのか?と思えるほど些細な所作を、
きっちりきっちり、いくつもいくつも、
来る日も来る日も、何度も何度もこなし続けるうち、
普段気付かないような、微小な差違が視えてき始める。
感覚が細やかになり、あらゆるものが新鮮に見えてくる。
梅雨と秋雨の音の違い
湯と水の立てる音の違い
掛け軸の文字の形から“見る”風景
茶碗の色や手触りを指で目で感じる楽しさ
何気ない日常のなかの小さな変化を愉しみ、慈しむ。
毎日が同じように思えても、世界は少しずつ変わっている。
一日として同じ日はない。今日という日は二度とない。
今日当たり前のように接したものや人でも、
明日には二度と逢えなくなるかもしれない。
その日その日の変化を、その日その日の出逢いをいとおしむ。
大切でない日などないと思えば、毎日は彩り豊かなものとなる。
日日是好日。
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流石に「茶道やるぜ!」と考えるまでには至らなかったが(笑)、
劇場を後にし、騒がしい雑踏の中を歩きながら、
風の音や鳥の声など小さな音に耳をそばだてようと、
少し歩速を落として歩こうとしている自分に気付く。
毎度誰かの言葉の受け売りで何なのだが、この時
詩人チャールズ・レズニコフの言葉を思い出した。
「大事なのは速く歩きすぎないことだ。
時速三キロ以下のペースを自分に強いて
初めて、見たいものが全部見えるんだ。」
本作ととても似通ったものがあると感じないだろうか。
今の世の中は何もかもがあまりに早過ぎて、
そのペースについていこうと必死のあまり、
大事なものの横を早足で素通りして
しまっているのに気付かない時がある。
だから、
ペースを落とす。息を整える。静けさを聴く。
立ち止まって、小さなものに目を向ける。
それだけで、重苦しく思えた世界が
少しだけ広く優しい場所に見えてくる。
心をすうっと軽くしてくれるような素敵な映画。
もしも暗い気持ちでおられるなら、是非。
<2018.11.11鑑賞>
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余談:
樹木希林は本作で茶道の先生を
演じるまで、茶道は未経験だったとか。
えええええ……いや、茶道なんてサッパリ知らない僕が
言ってもアレだが、なんなんあの問答無用の説得力は。
今年9月に亡くなった彼女だが、
あと2作の未公開作が控えている。
彼女が企画した浅田美代子主演作『エリカ38』と、
ななんと初の海外映画出演となるドイツ映画
『Cherry Bloossoms & Demons』だ。
あと2作品、寂しいけれど、楽しみにしてます。