「"笑い"の構造を模倣したコント映画」カメラを止めるな! @Ryota_daze27さんの映画レビュー(感想・評価)
"笑い"の構造を模倣したコント映画
映画を観終わった直後、どこかで見てきたことがあるような既視感に苛まれた。
映画としての構造は全くもって斬新というわけではないが、どこか新しさを感じる。(そこにはインディーズ映画という注釈があったのかもしれない)
後半部分では会場は温かな笑いに包まれ、日本の映画館では中々珍しい和やかな雰囲気がそこにはあった。
確かに劇中の立て続けに繰り広げられる伏線回収は見ていて気持ちのいいものだった。しかし、伏線回収が見事な脚本は他にも腐るほど存在する。
最近の作品で言えば「君の名は」もそうだろう。
有名どころで言えば「シックスセンス」「バタフライエフェクト」「ファイトクラブ」「メメント」などなど、挙げ始めるとキリがない。2回目を見たときに「ああ、そういうことだったのか!」と気づくような構成。このように今までに蓄積されたモヤモヤが解消される快感。
それが今作ではどうだろうか。
2回分が1回にまとめられている。
1回見ただけでは、判断できない。よくわからない作品などは観終わったあとに友達と「あのシーンって〇〇だよね」なんて言って話し合ったりする。そしていざ2回目を見たときに「ああ、そういうことだったのか!」と答え合わせをする。1回目のときには見えなかった、見ていなかった視点で映画を再体験できるのだ。
その点、今作では一本90分台のまとまった尺の中で答え合わせまでできてしまう。これが既視感の正体だった。この手のどんでん返し的な構造は映画ファンなら何度も目にしたことがあるはずだが、こういった見せ方は新鮮に感じた。
ここもひとつの熱々ポイント。
だけど、それだけじゃない。今言ったようなことは確かに新鮮に感じるかもしれないが、本当にそれだけなのであれば「ファイトクラブ」や「メメント」といった作品を黙って2回3回観るはずでしょう(笑)
むしろこれから述べる内容こそが私が納得し、この監督はお笑いが好きなんだなあと思うものだった。
まず、一発目はいかにもありきたりなゾンビモノが進行され、随所に散りばめられた違和感。それは、全ての結果に至るまでの経緯を観客が必要な情報として知らされていないため、我々は不気味だったり、歯切れの悪さを感じる。だが、これらの違和感は結果的に全て"笑い"へと還元されるのだ。
これこそまさに「緊張と緩和」
"笑い"が生まれる絶対的な法則である。
(例えば、先生がキレて怒鳴り散らかしているのに、思わず当人が噛んでしまったり、何かものに当たってそれがやりすぎで、痛がったりするとき。今作では最初のホラーという緊張から後半にかけての緩和)
上田慎一郎監督が「松本人志さんに世界で一番影響を受けた」とご自身でも語っておられたが、それも非常に頷ける。
年末恒例の笑ってはいけないシリーズなどはそれの最たるものだろう。笑ってはいけないという緊張状態に、笑わせようとする緩和的要素。
笑いの神とも称される松本人志さんの初監督作品「大日本人」でもこの法則を大胆にも取り入れている。
(「大日本人」の場合は極端な緊張と極端な緩和による振れ幅が大き過ぎるがために…)
今作では程よい緊張と程よい緩和によって、映画館が笑いに包まれ、そこに一体感が生まれる。大勢の人間と価値観を共有することは、音楽のライブに行ったりしてその場で一緒に興奮するのと同様に人間の心理に働きかける+の力がある。そういった体験がこの映画に更なる付加価値を生み出したのだろう。
脚本や伏線回収は勿論だが、この映画は"笑い"の構造に長けた作品になっている。芸人さんの評価が高いのもそういうことなんだろう。
映画という媒体だからこそ表現できる素晴らしいコントです。